第3-3話 白秋公園③
私たち四人は、それぞれが屋台で思い思いの食べ物を購入する。腹ごしらえを終え、公園内の散策を始めてから一時間が経過しようとしていた。
実際に歩いてみて、また、所々に設置されている案内板を見てわかったことがある。公園は大きく五つのエリアに分かれており、大きな広場が存在する中央ブロックとそれを取り囲むように北東、北西、南東、南西にそれぞれのブロックが配置されているのだ。南西ブロックには屋台が多く、南東ブロックから北東ブロックにかけては散策路と桜並木が続く。南東ブロックはベンチや遊具等の公園設備が多い憩いのスペース的な位置付けであるのに対し、北東ブロックはそういった設備がほとんどない代わりに、桜以外にも多種多様の植物が生育し、より自然に触れられるようなつくりとなっているらしい。そして、北西ブロックには城跡が存在し、そのうち一般開放されたスペースにおいては、地域の歴史や郷土文化を紹介するブースが設けられているようだ。
私たちは南西ブロックの屋台群を抜け、散策路を辿って南東から北東ブロックへ向かって歩いている途中であった。
「そういえばさ、ステージイベントって何時からだっけ?」
麻美が歩きながら尋ねる。
「まだ先よ。いや、今もやってるにはやってるけど、市長とかスポンサーのあいさつばっかでしょ。そんなん見たってしょうがないし」
聡子が入り口付近に張り出されていたタイムテーブルを思い出しながら答える。このさくら祭では、中央ブロックの広場に仮設ステージを設け、そこでちょっとした催し物をしているようだった。ステージイベントというと聞こえは良いが、自治体のゆるキャラショーや地元出身のシンガーのライブ、地域の愛好会による郷土舞踊など、極めてローカルに寄った内容であった。そのため、四人にしてみてもそれほど熱量はなく、時間が合えば覗いてみようかくらいの感覚だった。
そうして歩いていると、やがて500平米ほどのちょっとした広場に出た。向かって右端にはベンチが二脚、左端には小さな
「あれ? あの桜だけなんか色違うね」
私はそのベンチ横の桜の鮮やかな桃色を指して言う。
「あ……たしかに言われてみれば……ほかのとは違う種類なんでしょうか?」
「ふーん……ねぇ、せっかくだし写真撮っていこうよ! 映えそうじゃない?」
聡子がそう言ってその桜の方へ駆け寄り、私たちは彼女の後を追った。
「ほら、もう少し内側に寄って!」
聡子が携帯電話のインカメラに写る角度を調節し、四人とその桜の木を写そうと苦戦している。
「ちょ……この体勢キツいんだけど……!」
「あー、いい感じいい感じ! ……撮るよー!」
懸命に伸ばした左手が携帯電話のシャッターボタンを押下する。四人と桜を画角に収めるため、無理な姿勢を維持していた私たちは、シャッター音の直後にその場でふらふらとバランスを崩す。出来映えを確認しに三人が聡子の携帯電話を覗き込む。そこには、最適な画角、最適な位置どり、最適なポーズを維持できたギリギリの瞬間を切り取った一枚が表示されていた。
ふと、なにかの気配を感じて顔を上げる。広場北側突き当たりの法面を上がったところが土手のようになっており、そこに人が立ってこちらを見つめていた。無造作におろした長い髪にアイボリーのワンピースシャツを身に纏っており、雰囲気的には私たちと同い年くらいのようにも見えるが、ここからでは顔の細かい造作までは良く見えない。ただ、覇気がなくぼんやりと立ち尽くしているその姿はまるで幽霊を彷彿とさせた。
「どうかした?」
麻美が尋ねてきたので、私はその女性の方を示そうとしてもう一度視線を戻す。だが、そこにあったはずの女性の姿は忽然となくなっていた。
「ちょっとー! なにしてんの、早く次行こ!」
聡子の大きな声が響く。先程のベストショットで満足したのか、彼女の興味はもう別のものに移っていたようで、既に次の目的地に向けて足を運んでいる。
「まったく、アイツは……はいはい、今行くー!」
麻美はそう返事をして聡子の方へ駆けてゆく。
あの女性はなにをしていたのだろう。こちらの方へ視線を送ってはいたが、私たちになにかを訴えているようには感じなかった。
そのようなことを茫然と考えていると、後方から聞き馴染みのない声が響いた。
「ねぇねぇ、そこのおねーさんさぁ」
振り向くと、そこにはいかにも軽そうな雰囲気の二人組の男が立っていた。どちらも赤茶けた髪をワックスでがっちりと固めている。一人はダメージジーンズに白いデニムシャツ、もう一人は黒いスキニーに黒いライダースジャケットを羽織っている。
「うわ、やっべ。めっちゃレベルたけーじゃん。なぁ、よかったら一緒に遊ばない?」
「オレら地元民だからさ、穴場とか紹介するぜ? ああ、あっち歩いてるコらも友達なんだろ? だったらみんな一緒にさ」
そう言って男は、私がぼうっとしている間に少し距離が離れてしまっていた三人の方を指す。それを認識しているということはこの二人、あたかも今来たような顔をしているが、もっと前から私たちの様子を伺っていたのだ。
当然、誘いに乗るつもりはなかったが、出来るだけ穏便に済ませたかった私はあまり角が立たないように断る。
「せっかくだけど、私たちそういう感じで来てないの。悪いけどほかをあたってもらえる?」
だが、男たちはそれだけでは諦めず、なおも食い下がる。
「えーいいじゃん、ちょっとだけ!」
「そうそう、女の子だけでいるより絶対楽しいって!」
そう言って距離を詰めてくる二人。このまま勢いで押し切るつもりだろうか。ことを荒立てる可能性があるのは嫌だが、少しキツめに言って退散してもらおう。ルナの声色のまま限りなくトーンを下げて言う。
「興味ないって言ってんの……! しつこいとスタッフ……ううん、警察呼ぶことになるけど……いいの?」
そう言って携帯電話を取り出す素振りを見せる。この二人がもし暴漢だったのなら、組み伏せようと手を出してくるかもしれない。喧嘩に自信は全くと言って良いほどないが、私のことを女性だと思っているうちは簡単に手篭めにできるとの油断があるはずだ。騙し討ちでも不意打ちでもしてなんとか怯ませられたならば、その隙に三人に救援を呼んでもらうこともできる。
脳内にアドレナリンが分泌され、最悪のシチュエーションが浮かんでは、それにどう対処すべきかと思考が高速で巡る。だが、私のそれは杞憂に過ぎなかった。
「は? んだよ、そんなんナシだろ!」
「おい、もう行くぞ! やってられっか!」
そう捨て台詞を残して去って行く。幸いなことに彼らは私が思っていたより理性的なようだった。
砂利の擦れる音に振り返る。麻美が駆けつけた音だった。息を切らして膝に手を当てていることから、異変に気づいて急いで戻ってきたのだろう。その後ろから千景と聡子が駆け寄って来るのが見える。
「……大丈夫? ルナ、いつの間にか……知らない人たちに絡まれてたから……」
「うん……大丈夫。一応、話したらわかってくれたみたいだから」
内心ドキドキしていたことを伏せたのは、格好つけたかったのが半分と、大ごとにして楽しい空気に水を差したくなかったのが半分だ。
「なにアイツら、ナンパ? んもう、田舎のヤンキー崩れのクセにルナに声かけるとか!」
遅れて駆けつけた聡子が憤りを口にする。
「本当ですね、許せません……!」
さらにそれに千景が同調する。私を含む三人は揃って千景の方を見やる。
「な……どうかしましたか? 私なにか変なこと……」
視線を送られた千景はなぜルナではなく自分が注目を浴びているのかわからず、戸惑いをみせる。
「ふふっ……いや、千景が露骨に怒ってんの珍しいなと思って」
私が堪えきれず吹き出すと、堰を切ったようにほかの二人も笑い出す。
「ちょ……どうして笑うんですか!?」
「あはは、ごめんごめん。そうだね、みんなありがと」
事実、彼女らが怒ってみせたことで、私が心に押し込めた感情が昇華されたのは確かだった。
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