第3-4話 白秋公園④

 それから間もなくして、あるグループがその広場にやって来た。私たちと同じくらいの年齢の男女が二人ずつだ。女性のうち一人は背の低いポニーテール、一人は中肉中背でショートボブ。男性のうち一人はやや小太りで丸刈り、一人は痩せ型で耳に掛からないくらいの長さの髪に眼鏡をかけている。ここまで走って来たようで皆息を切らしている。一団の先頭にいたポニーテールの女性が私たちを視認すると小走りでこちらに向かってきた。


「あのー……すみません、さっき変な男に絡まれてませんでした……?」


「変な男……そうですね、ついさっき絡まれてました」


 私はその女性に向かって答える。すると女性は口元に手を当てる仕草をして言う。


「ごめんなさい、アイツら私たちの連れなんです。中学の同級生で遊びに来たんですけど、アイツら『飽きた』とか言ってどっか行っちゃって……そしたらあなたに声をかけてるのが遠目に見えたから急いで来たんですけど……」


 さっきの二人組は地元民を自称していた。彼女たちが彼らと中学の同級生ということは、彼女たちもまた地元民なのだろう。だが、あの二人組に比べると彼女たちは皆落ち着いた雰囲気に見え、馬が合わないのもわかる気がした。中学の頃は同じグループであったとしても、それは同じクラス、同じ学校といった楔があってこそのものだったのかもしれない。


「わざわざ心配してくれてありがとうございます。あの人たちも断ったら素直に引いてくれたし、私は全然気にしてませんよ」


 実際、私としてはこの話はもう終わったものとして、どうでも良くなっていた。それに彼女たちに非があるわけでもないし、あまりこの話を長引かせたくなかったので、できるだけあっさりとした返事を選ぶ。


「それにしても……アイツらもセンスないよね。よりにもよってここをナンパスポットに選ぶなんてさ」


 一歩後ろにいたショートボブの女性が呟く。それに対し男性陣が苦笑いしている。


「……それってどういうこと?」


 横で話を聞いていた聡子が尋ねる。


「ああ……あなたたち、他所から来たんだったら知らなくても無理ないわね。実はね、あの桜……呪われてるの」


 彼女がそう言い終わるか終わらないかというところで、一筋の風が広場を吹き抜けた。


「ちょっと美幸……!」


 ポニーテールの女性がその女性の方を振り向いて咎める。


「なによ、別にいいじゃない。真由美だってこの話、散々面白がってたでしょ?」


 どうやらショートボブの方の女性は美幸という名前で、ポニーテールの方の女性は真由美という名前らしい。


「“呪われてる”っていうのは?」


 私は二人に質問する。美幸はいたずらっぽく笑って真由美の背中を小突く。真由美は肩をすくめ、どこか観念したように話し始めた。


「……都市伝説みたいなものよ。そこの桜だけ周りの桜と色合いが違うでしょ? 写真映えするもんだからカップルに結構人気があってね、よくそこの前で記念撮影していくの。でもね、そこの前で写真を撮って行ったカップルが、みんな程なくして別れるもんだから、『離別の桜』とか『悲恋の桜』とかって言われるようになったの」


 最初は乗り気ではなかった彼女だったが、話しているうちに興が乗って来たのか、次第に饒舌になってゆく。


「えー! どうしよ、私たち写真撮っちゃったじゃん! 呪われちゃうかなぁ?」


 聡子が大きなリアクションを取る。彼女は非論理的なことは信じない性質タチだが、それはそれとして話自体はエンターテイメントとして最大限盛り上げる。語り手からすれば非常に良心的なギャラリーだろう。


「どうかしら? 友だち同士の関係性が悪くなったってウワサは聞いたことがないけど。あ……でもそういえば、恋人関係でなかったにしても、仲の良かった異性がその後疎遠になった……なんていうのもあったんだっけ? やきもち妬きなのかしらね、この桜は。それともここの城主やその家来になにかそういう謂れがあるのかしら?」


 真由美はいつの間にか少し演技がかったような、怪談でも語るようなトーンで話している。美幸が言うように本当はこういう話が好きなのかもしれない。


「城主というと髙田家ですよね。そういった愛憎劇のようなものがあったのでしょうか?」


 千景は珍しく目を輝かせて食い入るように話を伺う。薄々感づいてはいたが、千景は歴史とか大河ドラマの類が好きなようだ。彼女に勉強を教えているときも、歴史の科目だけは余裕があったというか、隙あらば試験に関係のないところまで独自に勉強していたのを思い出す。


「え……あぁ、そうね。実際に城跡に行ってみるのもいいんじゃないかな。地元民からしたらあまり有り難みは感じないけど、あれでも一応文化財だし」


 そこにそんなに食い付かれるとは思わなかったのか、真由美は少したじろいだ様子で言う。先程までの雰囲気のある語り口調は身を潜める。


「あ、そうだ! そっちに行くならね、是非行ってみてほしいお店があるの!」


 思い出したように美幸が提案する。それに聡子が強い関心を示したことで、流れるように話題は転換し、いつの間にか都市伝説の話は彼女らのオススメスポットの紹介に変わっていた。


 注意深く聴いていたが、その都市伝説には結局、女性の幽霊の話は出て来なかった。当たり前といえば当たり前だが、やはり先程の女性は幽霊ではなかったのだろう。それならそれで、その行動の意図するところに疑問は残るが。

 また、そのほかにもその都市伝説には気にかかるところがあったが、既に別の話で盛り上がりつつあるところに水を差すのも野暮だったので、深く考えないことにして美幸らの勧める情報に耳を傾けていた。

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