第4-2話 イベント当日②
開場の時間を前に、いつの間にか会場の外には人だかりができていた。既にあれだけの人が集まっているのかと思うと、イベントの規模の大きさを再認識させられる。
「ルナ、さっきはいきなりごめん。姉さん、キミに会えたことがよっぽど嬉しかったみたいで」
会場の外の様子を眺めていた私に紫帆が声をかける。
「ううん、楽しいお姉さんだね。って、その一果さんは?」
「姉さんはメイク直しに行ったよ」
そう言って紫帆は化粧室の方を指し示す。
「紫帆は……いつから一果さんと活動してるの? たしかこの間はステージに立つのは三回目だって」
「姉さんが高校生になって間もない頃……僕が中二の頃だね。最初はこういうイベントじゃなくて二人で動画を撮ってネットに上げるだけだったんだけど」
ということは、紫帆と一果さんは二学年離れているということか。
「へぇ、仲いいんだね。私の場合、中学が一番拗らせてたから……羨ましいな」
先日アルバムを見たこともあって、人間関係に悩まずに中学時代を送ることができていたらどうなっていたのだろうという考えが脳裏に浮かぶ。
「そうかな? 僕からしたら半ば強制的というか、有無を言わさずという感じだったけどね。ほら、姉さんはあのとおり猪突猛進的だから、高校の友達に同じことを提案してもついて来られなかったんだと思う。だから、多少無理なことを言っても問題ない相手、すなわち僕に白羽の矢が立ったんだ……とはいえ、僕だって思春期真っ只中だったからね、実の姉とそういう活動をすることに全く抵抗がなかったわけじゃない。けど、僕自身もなにか音楽的な活動をしてみたいと思っていたから……まぁそれぞれの思惑が噛み合った感じだね」
『高校の友達に同じことを話してもついて来られなかったんだと思う』
その言葉に聡子たちを誘った自身の行動を重ねて苦笑いする。
「そうして動画を上げているうちにちょっとずつ人気が出てきて、そしたら今度はこういうリアルイベントに出てみようって姉さんが言い出した。僕は絶対に無理だと思ったんだけど……いざエントリーしてみたら思っていたよりすんなり話が進んでいって、目出度く初ステージという訳さ。今にしてみれば目を覆いたくなるような出来だったけど」
「意外……最初は紫帆もイベントの出演は後ろ向きだったんだ」
そう言うと、紫帆は一瞬だけ伏し目がちな表情をした。
「そう、『Violet Strawberry』の結成もイベントへの出演も、いつだって姉さんが言い出しっぺで姉さんが主導だった。身内の僕が言うのもなんだけど……ううん、だからこそ敢えて言わせてもらうと、あの人の行動力は異常だ」
「私からしたら、紫帆も相当浮世離れしてると思うけど……あ、もちろんいい意味でね! こんな人ほかに見たことないし」
そう言うと、紫帆は小さく笑って言った。
「はは、それは……まぁ、こういう世界があるっていうことを知れたのは大きいかもしれない。でも、結局そういうことを含めて全部姉さんの影響なんだ」
そして、今度ははっきりわかるように遠い目をする。
「だから、この間のイベントは自分の中で特別だったんだよ。たまたまとはいえ、姉さんがいない、僕にとって初めてのステージだったから」
紫帆のことは常人離れした超人だとばかり思っていたが、彼は彼なりに姉という存在がある意味呪縛のようになっているのかもしれない。
すると、紫帆はこちらを見て微笑む。表情に先程までの皮肉っぽさはなく、差し込んだ陽光を受けた端整な顔貌が眩い。
「キミのおかげなんだよ、その初めてのステージが成功したのは。ううん、そもそもキミという存在があの場にいたから、僕にステージを辞退しないという選択肢が生まれたんだ。キミはキミが思っている以上に周りに影響を与えている。僕も、もちろん姉さんもキミのステージを楽しみにして来たんだ。だから、そんな難しい顔をしないで、キミはキミのやりたいようにやればいいんだ」
紫帆は子どものように目を輝かせてそう言った。こういうところは姉弟でよく似ている。
結局、緊張で固くなっていた私の方が元気づけられてしまったようだ。
「お待たせー! あ、ねぇねぇ、なに話してたの?」
化粧室から戻って来た一果が紫帆に尋ねる。
「さぁね、二人だけの秘密だよ。ほら、そろそろ僕らは向こうに行かないと」
紫帆はそう言って一果をあしらい、出演者控え室の方へ促す。
「ちょっとー、まだ余裕あるでしょー! ズルい、私もルナちゃんともっとおしゃべりしたかったのに!」
一果の文句を聞き流して、紫帆はこちらに向き直って言う。
「それじゃあルナ、僕らはステージが終わったら客席で見てるから!」
続いて一果も手を振って言う。
「あ、ルナちゃん頑張ってね! 応援してるね!」
これから自分たちのステージが始まるというのに、他人のことばかりだ。踏んでいる場数が違うとはいえ、自身のステージのことでいっぱいいっぱいになっていた自分のことが非常にちっぽけに思えた。
会場はいつの間にか人で溢れていた。ステージ前に設けられた椅子席はほぼ全て埋まっていたため、端の通路部分で立見せざるを得なかった。公に通路での観覧が禁止されているわけではないものの、スタッフの往来する通路部分で立ち止まっているのはあまり居心地がよくなかった。それでも、出演者証を持っていたおかげで、まるで運営側のような顔をしてそこにいることができたのは役得だった。
「続きまして、エントリーナンバー3番! 『Violet Strawberry』!」
司会の声が会場に響き、紫帆と一果が壇上に上がる。今回のイベントは前回のイベントと異なり、ステージ上でトークを挟む余地はなく、司会が出演者を紹介し曲名をコールしてパフォーマンスに入るという淡々とした流れで行われているようだ。私は少しホッとして胸を撫で下ろす。
「それでは歌っていただきます! 『Snow survive』!」
司会のコールで前奏が流れ出す。私も良く知っている、前回のイベントで紫帆と私が歌った曲だ。今は紫帆の隣には本来の相方である一果が立っている。
まずは紫帆がAメロを、柔らかく包み込むような声色で歌い上げる。前回は自分もステージ上にいたため聴き入っている余裕はなかったが、改めて聴いているとその歌唱力の高さを思い知らされる。
続いて一果がBメロを歌い出す。この辺りのパート分担は私が歌っていたときと同じようだ。
一果は透き通った真っ直ぐなよく通る声で歌い上げる。声量はあるのに耳障りにならない、自然と耳で追っていたくなる不思議な声をしている。
そしてサビに入り二人の声が重なり合う。一人ずつ歌っているときは気づかなかったが、姉弟故に声質が似ているのか、いざ二人の声が混ざり合うと、非常に調和の取れた耳馴染みの良い音として会場いっぱいに響き渡った。
パフォーマンスが終わり、会場は拍手に包まれる。あれが本来の『Violet Strawberry』。私は先程のパフォーマンスの完成度を目の当たりにして、自分という紛い物がかつて同じステージに立っていたことがいたたまれなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます