第9-1話 明通曳山祭①

明通曳山祭あけみちひきやままつり


 ニツ谷市西部土浦地区、その北側の土浦駅から徒歩15分ほどの距離に位置する明通と呼ばれる地域において、神社を中心に町内を練り歩く山車だしが特徴的な祭が毎年7月に開催される。地元住民らは集落ごとに山車を創作し、囃子を連れ立ち、他の集落の山車には負けまいと息巻く。メインコンテンツはもちろん曳山だが、それに合わせて屋台が出され、街は花火やライトアップで彩られ、地元住民だけでなく市内外から訪れる者も多くあった。


 先日ルナと遊んだのがよほどお気に召したのか、あれから一週間と経たないうちに今度は明確に真綾の方から、この祭に行こうという誘いがあった。

 当日は土浦駅に直接集合することとなっていたのだが、二ツ谷高校では補習があったため、私はそれが終わった後に二ツ谷駅から電車に乗って土浦駅へ向かっていた。北高でも同様に補習がない限り、真綾は河澄駅からの電車でやって来るだろうから、二ツ谷市在住設定のルナと、河澄町在住の真綾の動線としてはごく自然なものとなる。


 私は電車のシートに座り、ぼんやりと思考に耽る。



 先日、真綾の口から聞いた真綾の視点から見た中学生活は、私が忘れていた、あるいは無意識的に鎖ざしていた記憶を呼び覚ますと同時に、三つの重要な事実が発覚した。


 一つは、当時真綾が柊野翠に好意を抱いていたこと。


 当初、真綾自身が気づいていなかったように、私も彼女の好意には気づいていなかった。

 中学時代、カーストトップだった彼女がよりにもよってコミュニティから孤立しており、まともに人間関係を構築していないような人間を好きになるとは思いもしなかった。それどころか、未だに私のなにが彼女の琴線に触れたのかもよくわからないでいた。

 そして、私が彼女の好意に気がつかなかった一番の原因こそが二つ目の事実である。


 それは、真綾に好意を抱いていたかつての同級生である田辺壮弥が、嫉妬心から私を陥れようと暗躍していたこと。


 この話が本当だとすれば、私がかつて中学時代に孤立していたのは壮弥の暗躍のせいということになる。ただ、仮にそれがなかった世界線で、円満な中学時代を送ることができていたのかと問われると自信はない。

 例えば、亮介あたりはこの件に関係がなさそうだから変わらず敵視してきそうだし、その取り巻き連中も同調するだろう。たまたま壮弥が顕著だっただけで、程度の差こそあれ、別の誰かが同じような行動に出ていたかもしれない。そう考えるとあの話は、私の孤立が私に原因があるということを完全に否定するまでには至らず、ただ特定の人物に明確に嫌われていたという事実がわかっただけなのだ。

 それでも、あの理不尽な対応のバックグラウンドが明らかになっただけでも、私の中で一つ心の整理がついたような気がした。


 そしてもう一つは、そのことで真綾が自身に原因があると負い目を感じていたということだ。


 これについては、当事者である私自身から見ても真綾が責任を感じるのは筋違いだと思うのだが、本人がそう思っているのだから仕方がない。現状、まさかルナとして「翠はもう気にしてないから大丈夫だ」と言うわけにもいかず、仮にそうしたところで真綾が納得するとも思えなかった。



「次は土浦、土浦駅です。お降りのお客様は────」


 そんなことを考えているうちに、車内アナウンスは目的地である土浦駅への到着を告げる。

 多くの乗客が土浦駅で降り、私もその人の流れに沿って歩く。土浦駅では普段もそれなりの人数が乗り降りしているのを見ていたが、祭の影響か、今日の降車客の数はその数倍を優に超えていると感じた。駅の改札を抜けるとさらにその様子は顕著で、カップルや家族連れ、中高生や高齢者のグループなど、さまざまな層が駅構内を闊歩しているのが目に飛び込んできた。

 駅自体はそれほど広くないとはいえ、この人だかりの中で合流するのは骨が折れそうだと思ったが、すぐさまそれは杞憂に終わった。売店の前のスペースで携帯電話を見つめる一際目立つ影、創作上のクレオパトラを想起させるような切り揃えられた黒髪と通った鼻筋に、長いまつ毛と大きな目のそれは小柴真綾に相違なかった。

 私が人混みを掻き分けて近づくより先に真綾はこちらに気づいて手を振る。


「あ、ルナー! こっちこっち!」


「お待たせ真綾、待った?」


「ううん、あたしも今着いたとこ」


 真綾の近くまで来て全身が見えたところであることに気づく。


「あ! その服、この間買ったやつじゃん! やっぱりカワイイ感じのも似合うねー」


 それは、先日真綾と買い物した際に私が勧めた一着だった。ストリート系ではあるが、比較的ガーリーなデザインのそれは、キツく見えがちな真綾の雰囲気をいくらか和らげているように感じた。

 そして今度は照れることなく、真綾はその場で一回転してみせる。


「へへーん、どう? かわいいでしょ?」


「うん! めっちゃカワイイ!」


 私がそう即答すると、真綾は少し戸惑ったような顔をして言う。


「……そんな素直に言われると調子狂うんだけど……」


「えぇ……真綾から聞いてきたんじゃん」


 一瞬の間を置いて二人は笑い出す。


 実は屈託のない反応は私としても意識的にしていたところだった。ルナとして交友を経てわかってきたことだが、自分の感情をある程度素直に発露した方が人間関係は上手くいくことが多いと思った。そしてその感情がプラスのものであるなら尚更だ。

 私自身そういった反応は苦手な方ではあるが、ルナという仮面を着けている状態でなら比較的自然なリアクションをとることができる。

 加えて、そういった点における見本市とも言える存在を私は二人ほど知っている。一人は言わずもがな聡子と、もう一人は一果さんだ。もちろん、私はまだこの二人のようにはできないし、なんなら過度な例のような気もするが、それでも彼女たちならどういった反応をするだろうかと考え、それをルナという人格に落とし込んで模倣することはできる。


 そしてこれは私なりの復讐でもあった。

 これはかつての中学時代に、その歪んだ環境故に真綾が得られなかったもの、そして私ができなかった反応の一つでもある。そういったものを私たちが体現し、私たちが楽しむことができたのなら、その復讐は完遂するだろう。

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