第7-2話 奉納演舞②
「もう! ほんとに心配したんだから!」
「すみません……」
「まぁまぁ、いいじゃない。こうして無事合流できたんだから」
待機していた聡子と麻美は、千景が戻ってきたことで漸く安堵した様子を見せる。
「ま、いいわ。奉納演舞、サマになってたしね。面白いものが見れたと思ってチャラにしたげる」
「えっ……あ、はい。ありがとうございます……?」
二人が千景との再会を済ませたところで気になっていたことを切り出す。
「ねぇ、そういえばしずくさんが見当たらないけど……」
その問いに麻美が答える。
「ああ、なんかさっき別のスタッフさん? みたいな人に呼ばれて行っちゃった。すぐ戻ってくるとは言ってたけど」
「そっか、お礼言いたかったんだけどな。ま、戻って来たらでいいか」
「……それより、今のうちに情報共有しとかない? 私、千景探してるうちに新事実を掴んだのよね!」
聡子が小声で提案する。小声と言っても彼女比ではあるが、それでもそうやってこのタイミングで切り出すということは、おそらくしずくがいると話しづらい内容だということだろう。私と麻美が掴んだ情報も、千景の言う“伝えておきたいこと”もこの際に共有しておきたい。私も麻美も千景も黙って首を縦に振ると、バリケード入口から少し離れた人集りの比較的少ないスペースに移動する。
「まず私の掴んだ情報ね。例の広場にあった桜、あれ本当は『初恋桜』って言うんだって」
「え? あれは『離別の桜』って言われてるんじゃ……」
聡子の情報に千景がリアクションする。
「そういえば、真由美さんがもともとカップルに人気のスポットだったって言ってたけど、それの公式名が『初恋桜』ってこと?」
麻美の言葉に聡子は頷く。
「そう。でも名前なんてぶっちゃけどうでもよくて、大事なのはこれ。『離別の桜』伝説自体が本当は存在しないんじゃないかってこと」
「……!」
三人の表情が変わったのを見て聡子は満足げに続ける。
「ああ、“存在しない”って言うと語弊があるわね。正しくは、“ごく一部の超ローカルな都市伝説”ってことよ。私、本部の救護スタッフと喋ってたんだけど、その人は『離別の桜』伝説なんてつゆほども知らなかった。ううん、その人だけじゃなくて、結局その場にいたスタッフは誰も知らなかったの」
「つまり……」
「これは私の偏見だけど……この地域の多くの中高生のカップルが、付き合い始めの浮かれた期間に、我先にとSNS映えする写真でも撮ってたんだと思うの。あの桜、やっぱ映えるし、ちょっと検索すればそういう写真がいっぱい出てくるもの。でも、そういうのに命かけてるカップルほど、自分の承認欲求しか見えてないわけだし、別れるのも早そうでしょ? そういった事例が幾つか積み重なって……この辺りの中高生の間でだけ広まった、極めてローカルな都市伝説が生まれたんじゃないかしら?」
聡子の説明にはやや毒があったように思ったが、そのシナリオに異論はなかった。私が可能性としてなんとなく描いていたいくつかのシナリオのうちの一つが、輪郭を帯びて浮かび上がってきた。
「あれ……あんたたち、あんま驚かないのね」
「驚くっていうか……納得って感じかな。ね、ルナ」
「うん。なんとなくだけど、ぼんやりとそんな感じのことは思ってた。でも、はっきりと言語化できなくて……端的に説明してしてくれてありがと」
「そうですか? 私は割と驚いてますけど……」
「もう! あんたたちほんと可愛げないんだから! 千景を見習いなさいよ!」
思ったような反応が得られなかったことに拗ねる聡子。麻美が慣れた様子でそれをいなす。
「はいはい、わかったわかった。……それで、千景が掴んだ情報っていうのは?」
そう振られると千景はキョロキョロと辺りを見回してから、普段からあまり大きくない声のボリュームをさらに落として話し始めた。
「実は……演舞団の中にしずくさんたちの同級生……というか知り合いが何人かいたんです。それで、彼女たちのことを噂しているのが聞こえてきて……その人たちが言うには、しずくさんと蓮さん、それから真由美さんは三角関係にあったそうなんです」
「……!」
私は麻美と顔を見合わせた。それこそが先程真由美たちと話した際に麻美が抱いた違和感の正体だった。
***
それは、公園外を探して麻美と二人になったときのことである。
「真由美さん、変に歯切れ悪かったじゃん。あれはたぶん、しずくさんに対して後ろめたいんだと思う。例えば、二人とも蓮さんのことが好きで、そのことでなにか仲違いするような出来事があったとか」
「仲違いするような出来事……喧嘩とか……?」
「うーん……私はもっと陰湿な感じがするけどなぁ。中学の頃、同じように恋敵だった女の子に嫉妬して陰口言いまくってたクラスメイトと反応が似てたから────」
***
麻美もおそらく同じことを考えているだろう。千景の言葉にさらに耳を傾ける。
「真由美さんは、蓮さんと仲の良いしずくさんのことを疎ましく思っていたようで、表向きは普通の友達として接していたようですが、裏でいろいろと暗躍していたようなんです」
「暗躍?」
「はい……私が聞いたのは二つ。一つは、しずくさんのおじいさんが、しずくさんと蓮さんの仲をよく思っていないという噂を流したことです」
「……!」
「実際、しずくさんのお店で会ったお婆さんが言っていたように、二人の仲のことでおじいさんと揉めることはあったのかもしれません。ただ、それ以上に真由美さんは、敢えて蓮さんの耳に入るようにそのような話をしていたそうなんです」
「そうやって二人が近づくことを牽制してたのね。たしかに、他所者の貝沼家からしたら、仮にそれが真っ赤な嘘だったとしても違和感を覚えづらいもんね。……それで、もう一つは?」
聡子が話の続きを促す。
「はい、もう一つは……例のキーホルダーです。しずくさんはあれを失くしたものと思っていたようですが、実は真由美さんが破棄していたようなんです」
「な……!?」
私たちは思わず驚きの声をあげた。
「そんなことって……!」
聡子の声は怒りに震えている。
「その演舞団の方のお友達が、ちょうどその場を目撃してしまったそうなんです。真由美さんが蓮さんの鞄につけられたキーホルダーを外しているところを。二人の仲に嫉妬してそういう行動に出たんじゃないかとのことでした」
「えっ? 蓮さんの鞄に……?」
私は思わず口にする。失くなったキーホルダーはしずくのものだとばかり思っていたからだ。そうか、だとしたら──。
「だったら、どうして私たちがキーホルダーを見つけられたのよ。鞄から外してゴミに捨てたならもう存在しないだろうし、どこかに放り投げたとしたらもっとボロボロになってるはずじゃない。でも、あのキーホルダーは綺麗な状態のままで……まるで昨日まで大事に保管してたのを、たまたまあそこで落としたみたいだった。嫉妬してそういう行動に出たんだとしたら、そんなに大切にしておくかしら?」
聡子が示した疑問は至極真っ当だと思った。だが、さっきの聡子の推理と千景の証言を聞いて、私はかなり確信に近い感覚を得た。
「うん……私たちが掴んだ情報と、聡子と千景の話を聞いて、一つの仮説が浮かび上がったよ。想像でしかないけど、たぶんそれも説明はできると思う……」
そう言うと、三人は私の方を見て息を呑んだ。
「その話……私にも聞かせてくれるかしら?」
私が続けざまに言葉を発する直前、聡子でも麻美でも千景でもない声がその場に響いた。
私たちは咄嗟に声の主の方を見る。そこには戻ってきたしずくの姿があった。
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