第7-1話 奉納演舞①

「え……なんで……?」


 私も麻美もなにが起こっているのか理解できないでいた。誰が想像するだろう、祭で逸れた友達を捜索していたらその当人が祭のメインイベントに出演せんとしていることなど。そしてそれは聡子も同じだった。


「ね? うまく説明できる気がしないって言ったの、わかったでしょ? こんなのどう説明したって理解してもらえなさそうだもん」


 たしかにそうだ。今の状況を電話越しに説明されたところで私も麻美もきっと理解は出来なかったことだろう。百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。


 それにしてもよく溶け込んでいる。私たちは千景を知っているからまだしも、なにも知らない第三者が見たら出演者の一人にしか見えないだろう。私は呉服屋の店員の言葉を思い出す。


『それなら大丈夫ですよ。その衣装、中央広場でやる奉納演舞の出演者が着てるものとほぼほぼ同じなので。その完成度なら祭の関係者だと言われてもおかしくないくらい』


「……もしかして、出演者と間違えられた?」


 私が呟いた言葉に聡子が反応する。


「あ、私も今ちょうどそれ思った。あの休憩所の裏口から出た道、祭の出演者っぽい人たちもうろうろしてたし、有り得なくはなさそう」


 だが、それでも疑問は残る。いくら千景が出演者と同じ格好をしていたとはいえ、赤の他人を出演者と間違えるものだろうか。本来の出演人数より一人分余剰ともなれば演舞構成にも影響を与えそうだし、或いは本来の出演者となにかの拍子に入れ替わりになったとしても、それにほかの出演者や責任者が全く気づかないというのも考えづらい。


 そうこうしているうちに会場にアナウンスが流れ、奉納演舞の始まりを告げる。会場は一転して静まり返り、二連続の太鼓の音が一定時間おきに鳴り響く。

 続いて笛の音が流れ始めると、待機していた巫女装束の出演者らがゆっくりと歩き始める。千景もまたその例に漏れず、前の出演者と一定の距離を保ったまま同じように歩き始める。


「わ……ほんとに出るんだ……︎︎! 大丈夫かな……」


 その様子を見て麻美が小声で呟く。さっきまではなにかの冗談のようにも思えていたが、実際に演舞として動き始めると、彼女があの場にいる珍妙な状況に一気に実感が押し寄せる。

 やがて、長い棒の先に装飾が施された祭具を持った一人の巫女が、ほかの巫女とは異なる演技を始める。祭具を掲げては振り回し、動きを止めてはまた掲げる。おそらくは彼女がこの演舞の主役なのだろう。いや、主役は彼女たちの祀る神かなにかか。

 そうして彼女の舞が終わると、その巫女の近くにいた別の数人の巫女たちが松明のようなものを祭壇へ捧げる。祭壇から炎が勢いよく立ち昇り、その巫女たちもまた演舞を始める。もしかしてこれを千景もやるのかとギョッとしたが、幸い千景のように祭壇から離れて位置にいる巫女たちはそのような役割を与えられていないようで、待機したり周囲をゆっくりと歩き回ったりしていた。


 気がつくと演舞は終盤に差し掛かっていたようで、最後に巫女らが祭壇に向けて祭具を捧げると、笛と太鼓の音が止み演舞が終了した。観客の拍手の中、巫女たちは静かに控えテントの方へ戻って行った。


「さぁ、裏から回り込んでテントのところに行きましょ!」


 聡子の号令とともに、私たち三人は中央広場の外周を回るように巫女たちが向かったテントの方へ向かう。薄暗闇の中、紅白の衣装の一団が見えてきた。もう少し、あの中に千景がいるはずだ。


「あ〜、ちょっとちょっと。キミたち出演者? じゃないよね? ここからは出演者以外立ち入り禁止だよ」


 テントに向かう私たちを引き留めたのは、祭のスタッフと思われる恰幅の良い中年男性だった。暗くてよくわからなかったが、よく見るとテントの前に簡易なバリケードが設けられている。


「えー、なに!? そっち行けないの!?」


 聡子が思わず声をあげる。


「あの……出演者が身内なんですが、それでもダメなんですか?」


 聡子が感情のままに余計なことを口走って相手の神経を逆撫でしないうちに私が尋ねる。


「ダメダメ、関係者証を持ってないと通せない決まりになってるんだよ」


 そう言ってスタッフの男性は切り捨てる。全く融通が利かないと憤りを覚えなかったと言えば嘘になるが、出演者の身内だからというだけで通してしまうと際限がなくなってしまうのだろう。諦めかけたそのとき、一人の女性の声がその男性の背後の方から聞こえた。


「まぁまぁ。いいじゃない通してあげても。そのコたち、私の知り合いだし」


 声の主はしずくだった。日中、店番をしていたときとはうって変わって、着物に身を包んでいたため、そこにいたことに気づかなかった。


「な……しずくちゃん? しかしなぁ、そうは言っても決まりだし……」


 男性の歯切れが露骨に悪くなる。そういえば、しずくの祖父は地域の有力者だったか。彼女を無下に扱うことで自身の立場が悪くなることを危惧しているのだろうか。無理を通して道理を引っ込めるべきかどうかと、男性の顔に迷いが見える。


「ほんと堅いんだから……それならこれでいい?」


 しずくはそう言って首に下げている関係者証を外すと私に手渡した。


「む……むむ……!」


 男性はどうすべきかまだ判断に迷っている様子だ。そのうちにしずくは私に行けと促す。


「ほら、早く用事済ませて来なさい。あ、あなたたちはこっちでお留守番よ。関係者証は私一人の分しかないから」


「わかってるっての! ルナ、あんまり待たせないでよね!」


 聡子からの催促も背中に受けながら、バリケードを飛び越えて千景のもとへ急ぐ。飛び越えた後で、今はルナの格好をしているのだからちゃんと開けてもらうのを待ってから通り抜けるべきだったろうかと頭をよぎる。まあギャルならこれくらい大胆でも許されるだろう。


 巫女の集団を掻き分け、小柄で厚い黒髪の一人を視界に捉える。


「千景!」


 その影は振り返ると、こちらを見て目を丸くする。


「ルナさん……?」


 千景はそう呟いたと思ったら、こちらに飛びついて来た。


「わ……!」


「ごめんなさい……! 私が道に迷っている間にこんなことに……」

 そう言って私の衣装の裾をがっちりと掴む千景。演舞のときは気丈に振る舞っていたようだが、相当不安だったのだろう。


「こらこら、借り物なんだからそんなに握ったらダメだって。それにしてもなんで……」


 私がそう言いかけたところで、別の声がそれを遮った。


「あれ? そのコ、あなたの友達?」


 そう声をかけて来たのは、同じく巫女装束を纏った二十歳前後と思われる女性だった。


「あ……そうです」


 千景が答えると、その女性は私に向かって頭を下げた。


「ごめんなさい! そのコ……千景ちゃんを連れ回しちゃって。あ、私はこの演舞団のリーダーやってる曽根崎って言います。実は……」


 曽根崎と名乗った女性はことの経緯を説明し始めた。

 彼女の説明によると、やはり私たちが推理したとおり、千景が迷子になったところで演舞団に遭遇し、誤って一緒に連れて来られたそうだ。千景の性格上、人違いであることをなかなか言い出せず、そのまま中央広場の方まで連行されてしまった。そのあとで割とすぐに人違いであることに気づいた演舞団であったが、演者の中に急遽出場できなくなった者がいたらしく、周りに合わせて立っていれば良いからと、穴埋めをお願いされたのだった。その代わりに、演舞が終わった後で逸れた友達のもとへ合流できるように協力するとの条件を提示して。


「はぇ〜、そういうことだったんですね。演者だと間違えられるのはあり得るかもと思ったんですけど、演舞まで誰も気づかないことはないよなって思ってたので」


「途中で気づいたはいいけど、だからってそこでバイバイして一人で彷徨かせるのも危なそうだったからね。とはいえ、あなた達には心配かけちゃったわね。千景ちゃん、ほかのお友達にも顔見せて安心させてあげな。一緒に出た演者としてもう少し余韻に浸りたいとこではあったけど……」


「はい……! 曽根崎さん、お世話になりました! ほかの皆さんにもよろしくお伝えください」


 千景はそう言って一礼する。去り際にすれ違った何人かの巫女が千景に別れと感謝の意を告げる。


「そういえば……ルナさん、どうやってここに入ったんですか? ここ、関係者以外立入禁止になってませんでしたか?」


「ああ、しずくさんが関係者証貸してくれたんだ」


 私がそう言って関係者証を見せると、千景は驚きの表情を見せる。


「えっ……しずくさんが!?」


 そして千景はなにかを思い出したような顔で続ける。


「……っと、そうでした。私、ルナさんたちに伝えなきゃいけないことがあるんです」

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