第8-1話 蓮①
「し、しずくさん! いつからそこに?」
私は咄嗟に彼女の方に向き直って問いかける。
「割と前からよ。全く、他人のプライベートを嗅ぎまわって……」
そう答えるしずくに対して聡子が言い放つ。
「はぁ? 別に私たちだって好きであんたの恋路を探ってる訳じゃないっての! 黙ってても情報が入ってくるんだから仕方ないでしょ!」
すかさず麻美が突っ込みを入れる。
「いやいや聡子、あんたが言い出しっぺでしょうが……」
「あれ? そうだっけ?」
惚けた様子の聡子をよそに、麻美は続ける。
「ともあれ……私たちからしたら今日一日で、あなたたちの大切なキーホルダーを見つけて、わけのわからない都市伝説を聞かされて、挙句には友達を拉致されるって体験をしてるの。それに振り回されてるうちに色んなことが見えて来ただけ。あなたのプライベートの情報なんて、それに付いてきたただの副産物。本来、あなたに聞かせる義理なんてないんだけど」
祭の喧騒は鳴り止んでいないはずなのに、辺りを静寂が包んだような気がした。いつもは飄々としている麻美が珍しく怒っている。それもそうかもしれない。せっかく四人で遊びにきたと思ったら、地元の人間関係に巻き込まれ続けて今に至るのだ。その原因となっている渦中の人物にああいう言われ方をしたら癇に障るのもわかる気がする。それでも私は、麻美や聡子のようには言えないだろう。こういうときに咄嗟に怒りを表すことは私にはまだ難しいようだ。
暫くの沈黙の後、小さく溜息を吐いてしずくが話し始める。
「……ごめんなさい、責めたつもりはないの。私もちょっと気が動転してたみたい。あなたたちはあなたたちで面倒ごとに巻き込まれていたのね……」
その返答もそれはそれで気に入らなかったのか、麻美からはまだ苛ついた態度が伝わってくる。こうして言い争っていても不毛だと思ったので、私は彼女たちを遮るように切り出した。
「それじゃあ……話し始めるけど、いい? しずくさん、今から話すことは私が友達に話すただの妄想だからね。聞きたかったら聞いててもいいけど、それを受けてどう思うかまでは責任取れないよ?」
しずくが静かに小さく頷いたのを見て、私は私の描いた仮説を話し始めた。
「……私たちが『離別の桜』のある広場で出会った四人……ああ、しずくさんも知ってるよね、真由美さん、美幸さん、袴田さん、越高さんの四人のことだけど」
四人の名前を出すと、しずくの表情が一瞬硬くなったように見えた。それが、何故その四人のことを知っているのかという表情なのか、その四人に対して思うところがある故の表情なのかは読めない。
「待って、袴田と越高って誰? あの一緒にいた男の人?」
聡子が尋ねる。
「ああそうそう、袴田さんはあの四人のうちの眼鏡を掛けていた方で、越高さんは小太りの方。この話に関係があるのは二人、真由美さんと袴田さんね」
「二人……? 裏で工作をしていたのは真由美さんじゃ……」
千景の問いかけに答える。
「共犯がいたんだよ、それが袴田さん。さっき千景が言っていたしずくさんのおじいさんの件も彼が話し相手になっていた可能性が高い。個人が色んなところで特定の話題を頻繁に出していたら、どうしても不自然さというか強引さを感じるでしょ? でも、一人でも協力者がいたのなら、その人に話のきっかけを作ってもらえばいいから難易度は格段に下がる」
「あれ? じゃあもしかして……」
聡子がなにかに気づいたような反応をする。
「うん、聡子の言ってた『初恋桜』の件もそう。たぶん袴田さんは蓮さんに『初恋桜』の話をしたはず。“カップルにおすすめのデートスポット”としてね。もともと地域の情報に疎いうえ、クラスメイトとも大して仲の良くなかった彼にその話を疑う余地はなかった。だって、市が公式に発信してる情報だからね。一方、真由美さんはしずくさんに、同年代の中で流行っていた『離別の桜』の都市伝説を話した。ちょうどあの広場で私たちに話したように……」
私はそこまで話してしずくの方をちらりと見る。表情は硬いままだが、黙って耳を傾けている。
「そんな情報のすれ違いがある状態で、例えば蓮さんがわざわざあの桜の下で、『父親の転勤が決まったからこの街を出ていかなければいけない』なんてことを切り出したらどう思う? 『君とはもう終わりだから察してくれ』って捉えても無理はない。たとえその後に彼がなにか前向きな言葉を用意していたとしても、社交辞令というか、関係を断つための方便に聞こえてしまうかもしれない」
「でも、誤解に誤解が重なったとはいえ、そんな思い違いだけで破局までするもの? それに、その袴田って人が真由美さんに協力する理由ってなに?」
聡子が私の仮説に対して質問を投げかける。さすが鋭いというか、この仮説の要点となるところを的確に突っ込んでくる。
「袴田さんが真由美さんに協力した理由……それは、彼が真由美さんに対して友達以上の感情を抱いていたから。真由美さんに協力することで、二人だけの秘密を持って二人だけで行動する機会が増えて、彼女の中で自分の存在が大きくなる。彼はあまり自分の気持ちを前面に出すタイプじゃなさそうだったし、そう考えるのはそこまで不思議じゃない。まぁ、それが不毛じゃないかとかは別として……ね、麻美?」
私は麻美に話を振る。
「うん。私たちが千景を探してる途中で真由美さんたちに会ったとき……なんて言うか、あの二人の距離とかリアクションに違和感があったの。最初はこの二人、実は付き合ってるのかなとも思ったけど、そういう感じともまた違うし……。結局、美幸さんにかまかけて聞いてみたら袴田さんが片想いしてるってわかったわけ」
「ふーん、片想いねぇ。それで、二人の関係はわかったけど、キーホルダーの謎はどうなった……の……」
聡子は私に話の続きを催促する途中で言葉を濁す。おそらく聡子も理解したのだろう。これから私の話す展開を。
「そう。千景が噂話に聞いたとおり、たしかに真由美さんは蓮さんの鞄からキーホルダーを取ってそれを破棄した。もちろん嫉妬の感情はあっただろうけど、それは突発的な行動ではなく計画的な行動。真の目的はあくまでもしずくさんと蓮さんを仲違いさせることにあった。二人が大切にしていたキーホルダーを蓮さんがうっかり失くした、もしくは自ら付けるのをやめたということになれば、二人のムードは険悪になる。実際、さっき話した情報工作も相俟ってその作戦自体は成功だった」
しずくは顔を俯きがちにしてわずかに背ける。心当たりがあったのか、バツの悪そうな表情をしている。
「ところが、ここにきて袴田さんは考えた。もし、しずくさんと蓮さんの仲が冷めてしまったら、真由美さんは蓮さんに本格的にアプローチをかけるだろう。袴田さんからしたら、二人の仲を妨害する行為こそが真由美さんとの絆なのだから、しずくさんと蓮さんが本当に仲違いしてしまっては困るわけだ」
「あ……!」
千景が小さくリアクションした。
「袴田さんは真由美さんがキーホルダーを捨てた後、隙を見計らってキーホルダーを回収し、蓮さんに届けようとした。だけど、真由美さんの目を盗みながら蓮さんに手渡すのは想定していたより難しく、結果的に渡すタイミングがないまま去年のさくら祭の日を迎えてしまった。私たちが見つけた場所にキーホルダーが落ちていたのは、その後でたまたまそこに落としたのか、なにか意図があってそこに置いたのかはわからないけどね」
ここまで話した仮説を咀嚼しているのか、五人の間をまた暫しの沈黙が流れる。その沈黙を破り最初に口を開いたのは聡子だった。
「まぁ、話としては有り得なくはないってとこね。ちょっと出来過ぎな気もするけど、なにより動機が納得できる。そこについては証言もあるようだし……」
聡子はそう言いながら麻美と千景の方をちらりと見る。
「今まで聞いた情報から一番有り得そうなシナリオを想像しただけだから、確かな証拠があるわけじゃないけどね。まぁでも、悪事を暴くとか真実を追求するとか、私たちはそういう立場じゃないし……」
話している途中で、しずくがなにかを言いたそうにしていたため、彼女に話を振る。一連の出来事の当事者として、今の話をどう思ったか聞きたいところでもあった。
「今の話……たぶん、だいたい合ってると思う」
しずくはぽつりと呟く。
「別にルナの仮説を否定したいわけじゃないけど、あなたはどうしてそう思うの? っていうか、あなたはこの一連の出来事……もともとどこまで知ってたの?」
聡子が聞き返すと、しずくは静かに話し始めた。
「私は……なにも知らなかったわ。そこの彼女がさっき話したとおり、去年のさくら祭、私はあの桜の下で彼から引っ越しの話を聞かされて……わざわざ曰く付きのこの桜の下で、思い出のキーホルダーまで外して……あぁ、私たちの関係はここまでなんだなって、釘を刺されたんだと思ったの。彼は、同年代の人たちより大人びていたから……そういうところに惹かれたんだけど……それを察して身を引くのが大人だと思ったの。まんまと真由美に騙されていたとも知らずにね」
「だから、どうして……!」
食い下がる聡子が言い終わるのを待たずにしずくは言い放った。
「それは……私がさっき謝られたからよ。張本人の真由美からね」
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