第8-2話 蓮②
「真由美さんが……?」
「えぇ、あいつが蓮を好きだったこと、私と蓮が近づかないようにあれこれ手を回してたこと、それからキーホルダーを捨てたこと、いろいろと話してくれたわ。あいつが話したこととあなたが今聞かせてくれたことの間に大きな矛盾はなかったし、たぶんそれが事実なんでしょう」
「なんだ、知ってたんならわざわざ聞かなくてもいいでしょうに」
聡子は拍子抜けしたような様子でしずくに言う。
「ううん、おかげで真由美の言ってたことが本当だって信じられたから。それになにより……捨てたはずのキーホルダーがなぜ存在するのかは真由美もわかってなかったから、その真相がわかってよかったわ」
「はっ、ほんっとかわいくない。もう少し素直にありがとうって言えないのかしら? 聞かせてやって損した」
話したのは私なのだが、聡子がそう毒づくのも無理はない。面白半分で首を突っ込んだとはいえ、もう半分はおそらく善意によるものだっただろうから。だが、彼女は一つ重大な隠し事をしている。いや、隠し事というよりは、自ら向き合わないようにしていると言った方が良いか。
「しずくさんは……それでよかったの? 真由美さんが謝って、一連の真相がわかって、思い出のキーホルダーが手元に戻って来たから……」
私の言葉にしずくは溜息を吐いて言う。
「蓮のこと……? それならもういいの。お互い、あのときとはもう状況が違って、今はもうそこにいないのが当たり前になってるし。これは真由美の裏工作がなかったとしても変わらない。仮にあの後付き合ってたとしても、蓮は引っ越して私はこの街に留まる。高校生の遠恋なんて成り立つわけがないもの」
「じゃあ……どうしてあのときあの広場にいたの? 本当は彼を探してたんじゃないの?」
そう言うと、しずくはなにかに殴られたように顔を強張らせて押し黙ってしまった。そうして暫し下を向いて黙っていたが、やがて口を開いた。
「そうよ……あなたの言うとおり、私はあのとき……もしかしたら蓮がいるんじゃないかって思って、店番を抜けてあの広場に向かったの。バカみたいでしょ? 『またこの桜の木の下で会おう』なんて社交辞令を真に受けてね」
やはりそうか。もしかしたら蓮からそういった類の言葉をかけられているのではないかと思っていたが、確証がなかった。だが、今の証言で確信できる。しずくの捉え方はともかく、少なくとも彼は社交辞令などではなく、本気でそう思っていたはずだ。
「あの時間にいたのは、その約束を交わしたのと同じ時間帯だったから?」
「えぇ、その通りよ。当たり前だけど彼は現れなかったし、結局のところ私だけが過去に囚われてたってこと」
そのときの自分を卑下するように、しずくは冷めた口調でそう言って遠い目をする。
「わかんないわね。会いたかったんなら連絡とって待ち合わせればいいじゃない」
「聡子……あんたにはロマンチックってものがわからないのかね。それじゃ無粋ってもんだよ」
疑問を呈する聡子に麻美が諭すように言う。聡子は虚をつかれたように目を丸くする。
「……! まさかあんたにロマンチックさを説かれるとは思わなかったわ」
聡子が麻美をそう評するのもわからないではないが、麻美は普段はドライに振る舞っているものの、割とこういう一面があると思う。聡子は付き合いが長いため却って見えていないのか、もしくは麻美が聡子に見せないようにしているのかもしれないが。
「しずくさん、一つ確認させて? あなたは今日、日中は店の手伝いを、それが終わってからは実行委員の手伝いをしてた。これは一昨年以前のさくら祭でも同じ?」
しずくはなぜそのようなことを聞くのかと言いたげに不可解な顔をしている。
「そうね……一昨年とその前の年はそう。それより前は私も演舞団に所属してたからまた違ったけど」
ここで思わぬ新事実が発覚した。なるほど、千景が耳にしたしずくの噂も彼女が元団員だったからこそなのかもしれない。だが、今確認すべきはそれではない。
「そのことを彼……蓮さんは知ってるのかな?」
「それはもちろん知ってるわ。去年のさくら祭は私が店番や実行委員の仕事を断って来たことをしきりに気にしていたくらいだし……今思うと、あれも真由美の情報工作の賜物かしら?」
しずくは皮肉めいた口調で言う。
「ねぇ、それがどうしたの? 言いたいことがあるならはっきり言っちゃいなさいよ」
一連の会話を聞いて業を煮やした聡子が結論を急かす。
「これもまた仮定の話だけど……蓮さんがしずくさんに会いにこの祭に来ていたとして……その会いに来た相手は例年、祭が終わるまで予定が空かないことを知っていたとして……彼が行動を起こす時間はいつだと思う?」
祭のフィナーレを告げる花火が空を彩る。しずくはハッとして顔を上げる。ほかの三人も私の言いたいことに気づいようだ。まだ仮定の話だとしか言っていないのに、彼女の目に既に光が宿って見えたのは打ち上がった花火のせいだけではないだろう。
「え……そんな、まさか……私……」
思考が追いついていないのか動揺した口調だが、幽霊のように白かった顔色に血色が戻っているのがわかる。その口元は緩み、先程までの皮肉っぽい表情が消えている。
「ちょっと、まだ本当に会えるかわかんないでしょ? そういう顔は実際に会えてから…………まぁでも、今の話を信じるなら早く向かった方がいいかもね」
聡子は釘を刺しながらも彼女に例の広場へ向かうよう促す。
「うん! ありがと!」
目元にうっすらと涙を浮かべていたようにも見えたが、それは初めて見る彼女の一切の皮肉のない、感謝と喜悦のみで構成された笑みだった。彼女はそう言って私たちに背を向ける。
「なに、あのコ。あんな風に笑えるんじゃない」
聡子はしずくの姿が雑踏に消えた後でそう呟く。花火の光で彼女を見送る四人の影は、広場の芝生に浮かび上がっては闇に溶け込むのを繰り返す。炸裂する火薬の音は大きく鳴り響き、反響音が遠くこだましているのが聞こえた。
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