第5-2話 閉会②
やがて表彰が終わり、予定されていたイベントの全日程が終了した。観客はぞろぞろと帰路につき始め、スタッフらが撤収作業を始める。
そろそろ私たちも帰ろう、紫帆たちにそう声をかけようとしたところで、不意に誰かに呼ばれる声が聞こえた。
「『白中ルナ』さん、ちょっといいかしら?」
振り返って見ると、そこにいたのはフォーマルなジャケットに身を包んだ恰幅の良い中年女性だった。
「私、今日の審査員やってたんだけど、貴女のステージ、良かったわぁ」
女性は役者のように胸の前で手を合わせてそう言った。
「あ、ありがとうございます。えと……」
私が返す言葉を待たず、女性は続けて言う。
「貴女、独特の世界観を持ってるのね〜。あの感じ、なかなか出せるものじゃないわよ。ガッと引き込まれてしまったわぁ」
「は、はぁ……そうなんですね」
なおもマイペースに話し続ける女性。
「ただね! 一つ言わせてもらえば、もっと観客の息遣いを聴いてみて! そうすればもっともっと良くなるはずだから! ……それじゃあ、次も頑張ってねぇ」
女性は一方的にそう言って去ってしまった。入れ違いに紫帆が話しかけてくる。
「へぇ……あの人、業界じゃそれなりに有名な人じゃなかったかな? たしか……豊嶋……とかいう。すごいじゃないか、そんな人に目を付けられるなんて!」
紫帆は目を輝かせて言う。その辺りの事情を全く知らない私からしたら、それがどの程度の有り難いことなのかがわからなかった。
「やっぱり……キミを誘って正解だったよ。もしかしたら、強引に感じたかもしれないけど、その才能を埋もれさせておくのはもったいないと思ったんだ。もちろん、キミが嫌じゃなければだけど……こういう活動を続けてみるのはどうだい? ……なんて、今日で活動を休止するユニットに言われても説得力に欠けるだろうけど」
紫帆はそう言って少し笑った。
「ううん……紫帆、ありがとう。紫帆が誘ってくれなかったら、私はあの景色を知ることはなかった。まだ気持ちの整理が追いついてないけど……いつか、紫帆たちと同じ目線で喋れたらって、今は思うよ」
そう言って私も少し笑う。ホールの小窓から射し込む西陽が暖かかった。
「優秀賞おめでとうございます……! いつも動画見てます!」
「今日のステージも素敵でした!」
ホールを出ると、紫帆と一果は観客と思われる複数のグループに取り囲まれた。固定ファンによる出待ちというやつだろう。もちろん本人らの実力によるところも大きいだろうが、彼らが継続して活動して築いてきた地盤というものを認識させられる。
あの固定ファンらはもう知っているのかわからないが、『Violet Strawberry』としての活動は暫く、もしかしたら半永久的にお預けなのだ。ファンの交流に水を差したくはない。そんなことを思いながら彼らと距離をとる。
そうして遠目に彼らの様子を眺めていると、背後からどこかで聞いたことのあるような声が聞こえた。
「あのー……『白中ルナ』さんですよね。ステージ、超カッコよかったです!」
声をかけてきたのは二人の女子高生。制服を着ていることから補習か部活帰りにここへ立ち寄ったのだろう。記念すべき私の固定ファンの第一号、第二号の誕生かなどと暢気なことを考えていると、そのうちの一人を見て衝撃が走った。二ツ谷北高校の制服に身を包み、ぱっつんに切り揃えた前髪から覗く大きな瞳。そこに立っていたのは中学までの同級生、小柴真綾の姿だった。
「えっ……! あ……ありがとうございます!」
動揺を気取られないように笑顔を作って応対する。
なぜ真綾がここにいるのだ。北高とは逆方向だし、アニメに興味があるタイプでもなかっただろう。それもわざわざ声をかけてくるとは。私の正体に気づいて冷やかしにでも来たのだろうか。
超高速で思考が脳内を駆け巡る。だが、彼女の反応は私の予想とは違っていた。
「その雰囲気、すごい可愛いとカッコいいを兼ね備えてるっていうか……顔とかもお人形さんみたいだし……!」
「ね! 歌い方もカッコよくて……私あんな風に絶対歌えないもん!」
もう一人の方と意気投合してキャピキャピとはしゃいでいる。私の中の彼女の記憶は、誰かと喧嘩しているか、なにかに怒っているか、それでなければ嫌味なぶりっ子をしているイメージばかりだったので、こうやって素直に笑っている姿を見たのは久しぶりだった。私の場合と方向性は違うとはいえ、カーストトップの真綾でさえそうなのだから、やはり中学という環境の方に問題があったのではないかと疑いたくなる。そんなことを考えていると、もう一人の方から提案をされる。
「そうだ! ルナさん、写真撮ってもらってもいいですか!? その……SNSには上げないので!」
「写真? いいよ、そのくらいなら全ぜ……」
言い終わるのを前にはしゃぎ出す二人。もともと真綾も大人しいタイプではなかったが、イベントの高揚のせいかやけにテンションが高い。
「ねぇ、いいって! よかったね!」
「えーどうしよ! 緊張するー! あ、前髪変になってない?」
「ほら、早く行って! 待たせてるじゃん!」
そうやってもう一人の方に背中を押される真綾。二人と一緒に三人で自撮りするのかと思っていたが、どうやら一人ずつのツーショットがご所望らしい。
私の記憶の中ではいつも強気だった真綾がしおらしくこちらへ向かってくる。
「じゃあ撮りますねー!」
私のすぐ隣で真綾が照れくさそうな顔で立って、ポーズを考える余裕がないのか、ありきたりなピースサインをしている。その状況がなんだか可笑しく思えて私は携帯電話を取り出して提案する。
「ねぇ、私のでも撮っていい? せっかくだしさ!」
私の携帯電話の画面には、ルナの格好をした私とかつての同級生が映る。シャッターを押した瞬間、どこか懐かしい気持ちとなぜだか寂しい気持ちが入り混じって押し寄せた。
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