第2-3話 新学期 -side S- ③
二ツ谷駅からほど近いデパート「ハツカ堂」。一昔前に栄華を誇ったその百貨店は、主に中高年向けのテナントが多数を占めていた。その中で若年層が赴くことのあるフロアといえば、書店と比較的安価で食事が提供されるフードコート、そして地下食品売場くらいである。放課後、その食品売場に千景と麻美の姿があった。
「……通勤・通学ラッシュでもないですし、そんなに混まない気もしますけど、堂々と広げて食べるわけにもいきませんよね?」
「ま、そうなんだけど。道中一時間以上あるんだし、グミくらいのつまむものでもないと餓死しちゃうでしょ」
「それにしては、結構買い込んでる気が……」
千景はカゴいっぱいに詰められたお菓子やパンの類を見て言う。並外れた大食いというわけではないが、麻美のその細い身体のどこに吸収されているのだろうと不思議に感じる程度には、彼女の見た目と食事の量に乖離があった。
「で? さっきの話だけど……それからどうしたの?」
千景は学校からここへ来るまでの間、今日あった出来事を麻美に話していた。
「えと……それで……お昼休みもそのイケイケなグループの人達に捕まって、結局一緒に昼食を食べることになったんですが……」
「ですが?」
麻美はチョコや清涼菓子の並ぶ棚に伸ばした手を止め、顔を千景の方に向けて聞き直す。
「その……初日に声をかけてくれた華恵ちゃんという方が、私が連れて行かれるのを見て、一人どこかへ行ってしまったんです。たぶん、そのグループに入りづらかったんだと思うんですけど……」
「そのコも誘ったらよかったって思ってる……?」
麻美の問いに千景は俯いて答える。
「……わからないんです。もちろん、華恵ちゃんも誘ってみんな仲良し……に越したことはないんでしょうけど」
「そのグループに“華恵ちゃん”を嫌ってるコがいた……」
顎に指を当てて呟く麻美の言葉に、千景は驚いた様子をみせる。
「えっ、どうしてわかったんですか!?」
「いや……その“華恵ちゃん”の話聞いてたらなんとなくわかるよ。ちょっとめんど……クセが強いもんね」
麻美は腕を組んで明後日の方向を見て言う。千景はさらに説明を続ける。
「そうですね、嫌ってたっていうとちょっと語弊があるんですが……グループの中に去年華恵ちゃんと同じクラスだったコがいたんです。そのコと華恵ちゃんは特に同じグループだったとかではなかったみたいなんですが……」
「そのコが〜っていうより、そもそもクラスのみんなから煙たがられてた……」
「!? だからなんでわかるんですか!?」
引き続き話の展開を的中させる麻美に再び驚く千景。彼女にはこういった勘が鋭いところがあった。ただ、麻美本人としては、誰が誰を嫌っているといった類の話を千景の口から説明させることに少し抵抗があり、それが半ば無意識的に千景の話を遮る行動に繋がっていた。
「そんなことより千景、あんたまさか“華恵ちゃん”に同情してないでしょうね」
「え……いや……そんなことは……」
千景は図星をつかれたようにまた俯きがちに答える。
自分の場合はルナや麻美から助けてもらったから、今こうして普通に高校生活を送ることができている。今日あのグループから声をかけられたのだって麻美のネームバリューのおかげだ。自分はたまたま運が良かっただけで、もしかしたら今の華恵の立場にあるのは自分だった可能性だってあるのだ。それなのに自分の努力で得たわけでもない立場をのうのうと享受することは許されるのだろうか。
そう考えていると、完全に千景の方に向き直った麻美が人差し指を立てて忠告する。
「いい? 他人を助けたいと思うことの尊さは否定しないし、そう思うのは勝手。でもね、それをしていいのは、その助けたい人の全体重を支えてなお有り余る余裕があるときだけ。溺れている人を泳いで助けられたらそりゃあ格好いいでしょうけど、それに固執して二人とも川に流されちゃうのが最悪。一人が岸に残っていれば、浮き輪を投げることも助けを呼ぶこともできるでしょ」
ドライなようにも聞こえるが、要は自分ができる方法を見誤るなと言いたいのだ。実際、自分が去年精神的に追い詰められているときに助け舟を出したのも麻美だ。さっきの比喩でいうのなら、溺れているのが自分で、ボートを持って通りかかったのがルナ、そのルナに救助を依頼して対岸から導いたのが麻美だ。物事を割り切って考えているようで、根底ではお人好しで非常になりきれない。それが千景から見た麻美という人間の人物像だった。
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