第6-2話 虚ろ②
「あ……あなたはこの間の……」
私は観念して真綾に返事をする。考えてみたら、どちらも河澄町から市内の高校に通っているのだから、一度も遭遇しない可能性の方が低い。ルナの格好をし始める以前も含めて、これまで遭わなかったのが不思議なくらいだ。ついこの間の今日で、再会が早すぎる気がしないでもないが。
「あたし、北高の小柴真綾って言います! ……って、あれ? ルナさんってたぶん私と同い年くらいですよね? 私服登校OKな高校なんですか?」
平日のこの時間、私服で出歩いているのだからそれは真っ当な疑問だろう。もともと白中ルナは通信課程のある前徳高校に通っている設定だった。そう言うのは簡単だが、その嘘が破綻して聡子と仲違いすることになったため、その設定を使うことに抵抗があるのもまた事実だった。
ふと、なぜそんなことを思ったのかと自問する。抵抗があるということは仲違いすることを恐れているということだ。たしかに、聡子たちとの関係が壊れてしまうのは嫌だという気持ちは間違いなくあるが、今目の前にいるのは真綾だ。白中ルナの一ファンが離れてしまうことは残念ではあるがそれだけだ。さらに言えば、柊野翠の中学の同級生という視点ではもっと希薄だ。疎遠になって久しく、そもそも大した関係も築いていない。その希薄な関係が今更壊れようとデメリットはさしてないはずだ。私はそう再認識して真綾の問いに答える。
「私ね、前徳の通信課程なの。だから妙な時間に私服でうろついてるかもしれないけど気にしないで」
「へぇー通信課程! それはやっぱり芸能活動と両立させるためとか?」
真綾の推測は思わぬ方向へ飛翔する。彼女はルナを何者だと思っているのだろう。
「まぁ、いろいろ……そこはあまり詮索してほしくないところだから……ね?」
口元に人差し指を当てて誤魔化す。我ながらズルい返しだと思ったが、ファンとの距離感を保っていると割り切ろう。
「ふーん……でも、人それぞれ大変なんですね。私服登校もかっこいいですけど、ルナさんなら制服も似合いそう……そうだ! ルナさん今度制服着てみてください! 絶対可愛いと思うし、なんならあたしの貸すし!」
感傷に浸っているような口ぶりから一転して突拍子のない提案をする。突拍子のない提案は聡子で慣れてはいるし、真綾もなにも本気で言っているわけではないのだろうが、女子高生というのはこんなにも距離の詰め方が早いのだろうか。
「あはは、なにそれー。気持ちだけ受け取っとく」
そう返事をすると同時に既視感のようなものが訪れる。なんだろう、前にも似たようなやりとりがあったような。
『そうだ! 真綾にもこのこと教えてあげよっと、それじゃ』
七海の言葉が脳裏をよぎる。そういえばあの後、私のことは真綾へどう伝わったのだろう。どうせポジティブな伝わり方をしていないだろうからあまり聞きたくはなかったが、七海がなぜあのような発言をしたのか全く気にならないわけではなかった。とはいえ、白中ルナの立場でその話に首を突っ込むわけにはいかないため、適当に話を続けて取っ掛かりを見出すことにした。
「……そういえば、結構遅い時間だけど部活でもやってるの? それとも中間のシーズンだし勉強とか?」
今や中学時代のコミュニティから完全に外れた私にとって、同級生らの近況はほとんど入って来ない。駅や電車内でたまたま見かけた際に持ち物や風貌で判断出来ることもあるが、それ以外の情報源は親か妹がなにかの拍子に耳にしたことを伝え聞かされる程度のものであった。そしてそれは真綾にあっても例外ではない。
「うーん……まぁ、一応勉強かな」
少しバツが悪そうに答える真綾。
「一応?」
「友達が『Alince』で勉強してくっていうから付き合ってたんです。でも、あたしはそこまでやる気はなかったし、実際ほとんどノート広げてただけだったんで」
『Alince』は駅東口にある官民複合施設である。テナントとして飲食店やゲームセンター、映画館などの民間施設と多目的ホールや会議室などの公共施設が併設している。一階には市民の交流の場として、広いスペースに多くのイスとテーブルが設けられ、テスト期間中は図書館と並んで高校生らで賑わう場所の一つであった。
「あー、あるよねそういうの。友達っていうと、この間一緒にいたコたち?」
「あ、そうそう、あのコら……っていうか北高の人たちってみんな真面目で、せっかく部活が休みの日とかも勉強してるの! この間のイベントも、アニメ関係のイベントだったから珍しく乗り気だったけど、そうでもなかったらほんと腰重くて」
そう言って憤ってみせる真綾。ただ、怒っている風ではあるが、中学の頃のそれとはまるで違って穏やかささえ感じられることから、高校では比較的平穏な環境に身を置けているのだろうということが伺えた。
私も高校に上がったばかりの頃は、中学に比べて周りの生徒が軒並み落ち着いていることに衝撃を受けたものだった。
「でも、北高も勉強のレベルは高いでしょ? 真綾……ちゃんは中間大丈夫なの?」
「うーん……勉強は大変は大変だけど、あたしはまぁ……単位落とさなければいいかなって」
ついさっきどこかで聞いたような台詞だ。
「……でも高校生って思ってたよりなにもないんだなぁって思うの。この前のルナさんほどじゃないにしても、もっとキラキラしてるもんだと思ってたから。それこそ、学校帰りに寄り道して新作のコスメ見たりパフェ食べたり……別にそういうテンプレっぽいことじゃなくてもさ、学校行って勉強してるだけじゃもったいなくない?」
真綾の言うこともわからなくはなかった。実際、二ツ谷高校の生徒だって似たようなものだ。私の場合、聡子という人一倍勉強して誰よりも頭が良いくせに遊びにも全力を投じるエネルギーの塊みたいな人間がいたからこれだけスクールライフを満喫できているところはある。逆に聡子からしたら、そのノリを同じ二ツ谷高校の生徒にぶつけるのは、今の真綾のように若干の遠慮があるのかもしれない。だから、全力で遊ぶ相手は他校の麻美や千景、そして設定上は他校生であるルナに限っているのかもしれない。
『高校の友達に同じことを話してもついて来られなかったんだと思う』
この前の紫帆の言葉を思い出す。結局のところ、私も一果さんも聡子も真綾も、方向性は違えど同じようなところがあるのだろうか。先ほど麻美と話したことで、そのことに関しての私の後ろめたさはいくらか払拭されていた。
だからというわけではないが、真綾との会話にあって、ルナとしての人格が柊野翠としての意識以上に先行して出力されてしまった。
「────それじゃあさ、私と遊ぼうよ。それと、敬語はやめて『ルナ』でいい。私も『真綾』って呼ぶからさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます