第9-3話 明通曳山祭③

 史料館の中をひと通り見て回った私たちは、そこを出て再び会場の中枢へ向かう。人はさらに増え、祭のボルテージは高潮し、道中で見かける山車の曳き手の掛け声にも一層熱が籠る。


 山車が最後に辿り着く神社の入口まであと交差点が三つというところで、一つ目の交差点の左側から歩いて来た男性三人組と接触しそうになって、私と真綾は身を翻して避ける。

 真綾が反射的に文句を言おうとして、そちらへ向き直る。


「げっ……!」


 そのとき、ほぼ同時に五人分の声がその場に響いた。そこにいたのはかつての同級生、道川亮介と入船渡、菅原由伸だった。


「────亮介じゃん、それに渡と由伸も。あんたらも祭来たの?」


 そう言いながら真綾は辺りを見渡す。おそらくは壮弥がいないことを確認しているのだ。亮介らと壮弥はお互い腹の中ではどう思っていたかは知らないが、表面的には仲が悪いわけではなかったため、一緒に来ている可能性を警戒してのものだろう。


「なんだ小柴じゃねぇか、そんなの別に俺らの勝手だろうが。それより、なんでお前がその女と一緒にいるんだよ……!」


 亮介が目を釣り上げて私の方を指差す。渡と由伸はばつの悪そうな顔をしている。一年前、互いの彼女を紹介するという約束を一方的に取り付け、紹介できなかった柊野翠を笑いものにするという算段が、ルナの存在によってめちゃくちゃにさせられた例の一件をまだ根に持っているのだろう。真綾は事態を飲み込めず困惑する。


「え、なに? どういうこと? あんたら、ルナと知り合いなの? なんで?」


 その様子を見て渡は、自分の方が情報を多く得ていたことが嬉しかったのか、何故か若干得意気になって言う。


「ははは! 小柴お前知らねーのかよ、そいつは翠の彼女だぞ」


「えっ……!」


 真綾の表情は困惑から驚きに変わる。亮介は渡が余計なことを口走るのを警戒したのか、彼の方をひと睨みして言葉を制するように一歩前へ出て言う。


「……とにかく、そいつ連れてどっか行けよ。お前も大概だけど、その女の顔見てるともっと気分が悪くなる」


 亮介はそう吐き捨ててその場から去る。真綾は反射的になにか言い返そうとして思い留まる。売り言葉に買い言葉を返すよりもっと重要なことがあったからだ。




「……ルナ、さっきのあいつらが言ってたこと、本当?」


 亮介らの姿が見えなくなった後で真綾は静かに尋ねる。ほかに上手い言い訳が思いつかなかった私はその言葉に小さく頷く。


「……っ! それじゃあ……あたしが翠を好きだったって話も内心ほくそ笑んで聞いてたんだ? へぇー、ルナも結構性格悪いんだね。こんなの……あたしバカみたいじゃん!」


 真綾は怒りと戸惑いの入り混じった感情を私にぶつける。事実、スパイのような真似をしていたのだから申し開きのしようもない。いっそ正体を明かしてしまおうかとも思ったが、それはそれでどういう結果を招くのかが全く予測できず、躊躇いが勝った。そもそも、彼女にルナとして接し続けた時点でこの嘘は貫き通すということにしたのだから、その結果の方を受け入れるべきだ。


「ごめん真綾。私も話を聞いてて、真綾の言うその幼馴染が翠のことなんだって……気づいても言い出せなかった。真綾をバカにするつもりなんてなかった……けど、どう切り出せばいいのかわからなかった。ううん、切り出す勇気が私にはなかった」


 その言葉自体に嘘はない。設定をどこまで開示するのかというだけで、彼女を騙していたことは事実なのだから。そして、それには真綾を陥れる意図があったわけでもないということも。だから、今の私にできることは正直に気持ちを伝えることだけだ。


「────っ!」


 真綾はなにか言おうとしてその言葉を飲み込む。私の返答が予想していたものとは違ったからなのか、はたまた別の理由があるのかはわからない。


「……ちょっと一人にさせて。あたしから誘っておいて悪いけど、今日はもうお開きでお願い」


 真綾はそう言って駅の方角へと消えていった。祭の喧騒は、まるでほかの空間で行われているかのように遠く聞こえた。

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