第3話 選曲
「よぉ翠。今から俺らダーツしに行くんだけど、お前も来る?」
ある日の放課後、修平が私に尋ねてきた。教室の後方の出入口には、おそらく彼と一緒にダーツをしに行くであろう彼の友人らが屯している。5~6人くらいいるように見えるが、だいたい半分がクラスメイトでもう半分が別のクラスの生徒だ。別のクラスの生徒と私は勿論面識がない。交友関係が広くコミュニケーション能力も高い修平からしたらなんのことはないのだろうが、私からしたら面識のない人間が半数を占めるグループに飛び込んで上手くやれる自信はない。少なくとも白中ルナという仮面を被っていない剥き身の柊野翠にあっては。
「ごめん、せっかくだけど今日は用事あるんだ」
もしかしたら修平の友達なら面識のない私が飛び入っても順応するのかもしれないが、単純に私にはダーツの面白さがわからなかったため気乗りしなかったというのもあった。そして、用事があるというのもまた事実だった。
「そうか? それじゃあまた今度な」
修平はそう言って彼の友人らを連れて教室を後にした。
幾度となくテナントの入れ替わりを経た小さなビルの一角、煤けた壁紙と埃っぽいカーペットの敷かれた通路を抜けた先、薄暗い屋内に輝く安っぽいネオンの明かりはどことないアングラ感を醸し出す。
修平の誘いを断った後、私は一人、駅前のカラオケ店にいた。ここ最近は、カラオケというと聡子らと来ることが当たり前になっていたため、一人で来るのは久しぶりだった。
今いるこの店は、彼女らと来るときのようにお洒落な内装も気の利いたアラカルトがある訳でもない。シンプルで最低限の空間と申し訳程度のホットスナックメニューしかないが、最新機種を置いている部屋が比較的多いことと学割適用時の格安料金が魅力の店舗で、彼女らと友達になる前はここに一人で訪れることがしばしばあった。
平日のこの時間の利用客は多くなく、私が見かけたのは、大学生と思われる男性二人組とロックバンドでもやっていそうな風貌の青年が一人の計2グループのみだ。
今日ここに来た目的、それは例のイベントに出演する際に歌う曲を練習するためだ。いや、正確にはその曲自体がまだ決まっていないため、歌いながら候補となる曲を整理するという思惑があった。
練習するとはいえ、ある程度は自分が歌いやすい曲、そしてその場が盛り上がる曲を選出する必要がある。過去のイベントの様子を見ていると、ごく最近のアニメの曲が1割、数年前の曲が4割、10年くらい前の私が幼い頃に流行った曲が4割、私が生まれるよりもっと前の曲が1割といった印象だった。つまり、ここ数年~10年くらい前にヒットした曲の中から私が歌いやすい曲を選ぶのが無難と言える。
そうしてリモコンを操作して曲を探している途中で手が止まる。確かに歌いやすく大衆受けの良い楽曲を選ぶことは戦略としては間違いではないだろう。だがもう一つ考慮すべき点がある。その曲が持つ属性だ。例えば私がルナの格好をして、清廉性に富んだ楽曲を選んだとして、どうにもちぐはぐな印象が否めない。勿論、ギャップを狙うという点では必ずしも間違いではないが、私の歌い方では意外性の評価だけに終始してしまいそうだ。
そんなことを考えながら選曲と歌唱を繰り返していると、また紫帆からメッセージが届いた。
『今キミの分の調書書いてるんだけど、曲はもう決まった? 今日中には決めてもらえると助かる』
実を言うと、今回のイベント出演に関する書類の作成は、ほぼ全て紫帆が代行してくれていた。紫帆は自分たちの分のついでに作るくらい大した手間じゃないと言うが、こういった書類を作成したことがない私にとっては頼もしい限りだった。意地悪く捉えれば、紫帆に上手いこと乗せられているとも言えるが。
その責はいつまでも出演を決めあぐねていた私にあるのだが、紫帆の方で作業する関係上、締切当日のギリギリまで悩むことはできない。この部屋にいる間、遅くともここから家に帰り着くまでに答えを出すべきだろう。
焦燥感を募らせる私の目に飛び込んできたのは、リモコンの画面端、これまでの選曲の傾向からAIが私へのお勧めの曲を弾き出したリスト。そこに表示されていたのは、かつて夢中になって見ていたあるアニメのオープニングテーマ。私はその曲名を打ち込んで紫帆に送信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます