第1-2話 新学期 -side F- ②
などと、クラスのコミュニティに積極的に参加しないことに対しての言い訳を自身に言い聞かせていると、一人の男子生徒から声をかけられた。
「よぉ、柊野! なにボーっとしてんだよ、クラスの連中の輪に入んねぇのか?」
まるで旧来からの友達のように馴れ馴れしく声をかけてきたのは、森崎宏和という男子生徒だ。坊主頭と春先だというのに既にほんのりと焼けた肌から、おそらくは野球部と推察できる。彼のことは先程の自己紹介で盛大に滑っていたことで印象に残っていた。
「あー……うん、別に無理に入るものでもないし……何ヶ月かしたら自然に気の合うところで固まるでしょ」
その中に私が含まれているかというのはまた別の話である。
だが、私の返答が理解できないという表情だろうか。森崎はその返答に口を半開きにして数秒間固まっている。
「…………なんていうか、マイペースだなお前……。やっぱモテるヤツは違うんだな」
唐突な森崎の評価に私は困惑する。茶化しているわけではなく真面目に言っていそうなのが、尚更私の戸惑いに拍車をかける。
「はい? モテる……俺が? なんで?」
「いやいや惚けるなよ、お前朝来ていきなり女子とイチャついてたじゃねぇか」
朝というと、聡子たちと話していたときのことか。どちらかというと絡まれていたと言った方が正しい気がするが、彼の目にはそのように映っていたのだろうか。
「いや、あれはむしろウザ絡みされてただけというか……」
「はぁー、自分から声をかけずとも向こうが放っておかないってか?」
私の返答を聞いていないのか、誤解を多分に含んだまま森崎は続ける。なんだろう、こう言ってはなんだがとても面倒くさい。
「まぁいいや、お前女慣れしてそうだもんな。お前といたら女子と仲良くなりやすそうだ。よろしくな、翠!」
どう考えたらそのような結論に至るのだろうか。それに、いつの間にか私のことを下の名前で呼ぶようになっている。要は女子とお近づきになれるならばなんでも良いようだ。
クラス替え直後で舞い上がっているのか、もともとそういう気質なのかわからないが、この森崎という男はどこか距離感が変というか、空回っているというか、ある意味では私とは正反対の方向性でコミュニケーションが下手なのかもしれない。ただ、私のような卑屈極まるクラスメイトに声をかけてくれることは単純に有り難かった。
「よっ、なんの話してんだ?」
私と森崎が話していると、また別のクラスメイトが話しかけてきた。たしか、彼の名は澤井修平。イケメンと分類するに申し分のない整った顔をしているが、それ以上にその風貌の印象が強い。M字バングと立ち上げたトップに長い襟足のウルフヘアーは一昔前に一世を風靡した所謂“ギャル男”を彷彿とさせる。
「お、修平! お前も混じるか? 今、こいつがいかに女たらしかについて論じてたとこだ」
森崎がヘラヘラと私を指差して言う。私が否定しようとすると、それより先に修平が反応する。
「え!? キミ、そういうタイプなんだ? へぇ、やっぱそうかー」
何故か納得する素振りを見せる修平。
「いやいや、明らかにテキトー言ってるでしょ、納得しないでよ。っていうか“やっぱ”ってなに?」
「あー……さっきの休み時間にケータイ弄ってたろ? たまたま後ろ通ったときに画面見えちゃってさ。ギャルっぽい……モデル? の画像見てたからそういう系好きなんかなーって」
私は冷や汗をかいた。それはおそらく、ルナが着る服を探していたときのことだろう。クラス替え初日から教室で暢気にネットサーフィンをしていた私も不用心だったが、まさかそれを目撃し、あまつさえ気に留める者がいるとは思わなかった。しかし、なんと答えたものだろう。当然、自分で着る服を選んでいたと言うわけにもいかないが、彼女へのプレゼントを選んでいたと答えるのも、なんだか鼻につきそうというか、森崎の反応が面倒くさそうだ。そんな葛藤をしていた矢先、修平が想定外の反応を見せる。
「いいよな、ギャル。実は俺も好きなんだよ。だからもしかしたら話合うんじゃないかと思ってさ」
修平は玩具の話をする少年のように目を輝かせて言う。彼の風貌からその嗜好は想像に難くないが、なんだかおかしな方向に話が進んでいる気がする。
「んだよお前ら、揃いも揃って。今どきギャルって時代でもないだろうが」
森崎は自身と相容れない嗜好に文句を垂れる。
「いや、お前は女なら誰でもいいんだろ」
修平の指摘に、私も、言われた森崎でさえも同感だったらしく、三つの笑い声が飛び交った。
放課後、今週は掃除の割り当てがなかった私は、自席で帰り支度を始めていた。すると、いつの間にか聡子が私の席の近くまでやってきていたことに気づいた。
「あれ? さと……有坂さん、掃除当番じゃないの?」
「うん。ただ、その前に一つ伝えておきたいことがあってね」
たしか聡子の班は今週、第一理科室だかの担当のはずだ。教室の外には彼女と同じ班の女子が待っている。
「伝えておきたいこと?」
「柊野くんじゃなくてルナにね。今週末、白秋公園で桜が見頃をむかえるでしょうって予報が出てたの。せっかくだからみんなで花見に行こうと思って」
教室にちらほらと人は残っているが、この会話がほかの生徒に聞こえることはないだろう。それでも聡子がルナを私の彼女として扱うのは、第三者から私がどう思われるかを気遣ってのものではなく、あくまでも彼女自身の心の整理のためのものであることの表れである。だが、そこまで徹底して割り切ってくれた方が私としても却って気が楽だった。
それにしても花見とは。我ながら年寄りくさいとは自覚しているが、私自身、花や木を眺めることは好きな方だ。だが、それは彼女が提案したような、友達と繰り合わせて行く類のものとはまるで趣旨が異なる。まさか自分がそんなふうに誰かと花見に行くようになるとは思ってもみなかった。
「わかった、伝えておく」
そう返事すると、聡子は満足そうな顔をして教室を後にした。
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