標本No.9 ニホンミツバチ 4

「ミッチに話してくれた?」

 ミッチの「ママ」が、お殿様が食べている草の端に留まって、話しかけました。

「ああ。あいつは、本当の母を探すために、飛んでいったよ」

「ありがとう。これで清々せいせいしたわ。花の蜜集めなんか、あたしには慣れない仕事でしょ。ウンザリしてたのよ」

「おヌシ、ミッチの体に、卵を産み付けたな?」

「へへ。分かった? ミッチには言わなかったでしょうね」

「可哀そうで、言えなかった」

「何が可哀そうなのよ。あたしがミッチを拾ってきたのも、そのためよ。あたしだって、子供をたくさん産むために、必死なんだから」

「まあ、それはそうだが」

「何なら、お殿様のお腹にも、卵を産み付けてあげましょうか?」

 ヒメバチ・ママは、後ろの方から、先の尖った管を前に回してきました。

「や、止めてくれ! わしは、もう寝る。じゃ、お休み」

 お殿様は、ひときわ高いジャンプをして、茂みの中に跳び込みました。


 ヒメバチ・ママの家を出たミッチは、本当のママを探して森や草原を経巡へめぐりました。その間、たくさん危ない目に遭ったり、お友達が出来ては別れたり、さまざまな経験をしました。


「ピンポーン」

 ここで、ご見学のお客様にお知らせがございます。

 これからミッチが経験する血沸き肉躍る大冒険につきましては、本来その詳細をお話しすべきところでございます。しかしながら、ここまで見学された方の中には、だいぶお疲れの方もおられると思います。もしかしますと、ご不満が限界近くまで溜まり、爆発寸前の方もおられるかもしれません。

 そのような事情を勘案いたしまして、大変残念ではございますが、ミッチの冒険物語は、すべて割愛させていただくことといたします。

 割愛した部分につきましては、小説投稿閲覧サイト「マルヨム」でお読みいただくことができます。作品名「ミツバチ・ミッチの大冒険」または作者名「うつぼ緑」で検索していただきますと、すぐに出てまいります。もちろん、購読は無料でございます。お一人でも多くの方にお読みいただけましたら、幸いに存じます。

 では、物語を再開させていただきます。

「ピンポーン」


 ミッチは、色々な経験を積み、一人前のミツバチになりました。もっとも、お腹の右側にある膨らみも、徐々に大きくなってきました。お腹の中で、何かが時々動いているような感じもします。

 ある日、草原で出会ったカメムシ爺さんから、耳寄りな話を聞きました。草原の隣にあるシイノキ林の中に、ミツバチの巣があるというのです。ミッチは、すぐに訪ねることにしました。

 シイノキ林を飛びまわっていると、幹に開いた穴からミツバチが盛んに出入りしている木を見つけました。

<あそこかもしれない!>

 ミッチは、その木に近付いていきました。


「ちょっと待て!」

 穴の周りを飛びまわっている番兵バチが、ミッチの行手ゆくてを塞ぎました。

「お前は何者だ?」

「はい。ミッチといいます。僕の母は、以前カシの木の女王バチと呼ばれていました。母を探しています」

「カシの木の女王バチ? 知ってる? ミーニャ」

 同僚に聞いています。

「あたしは知らないな。マーニャ」

「とにかく、女王様に会わせて下さい。そうすれば分かります」

 ミッチは、必死に訴えました。

「しかし、お前の臭い、あたしたちのとは違う。怪しいな」

 マーニャが、ミッチの周りを飛びまわりながら言います。

「僕が幼虫の時に、王国がスズメバチに襲われました。母は逃げましたが、働きバチや卵・幼虫・蛹は、ほとんどスズメバチの犠牲になったんです」

「なら、お前はなぜここにいる?」

「僕はたまたまスズメバチから逃げることができて、ヒメバチに育てられたんです」

「ふーん。どうする? ミーニャ」

「いちおう、母上様にお伝えして、ご指示を仰いだらどう?」

「それもそうだな。ミッチとやら、そこで待っていろ」

 マーニャは、穴の中に入っていきました。


 しばらくして、マーニャが出てきて、ミッチを巣の中に招き入れました。穴の中の空洞はそれほど広くなく、働きバチの数もたいして多くはありません。

 ミッチは、女王バチの前に連れてこられました。

「お前か。わらわが母だと申しておるのは。何か、証拠はあるのか? お前が発している臭いは、妾たちのとは違うぞ」

「僕はミッチといいます。女王様は、以前、カシの木のミツバチ王国の女王様でしたか?」

「いかにも。極悪非道なスズメバチの女王に裏切られて、我が王国を滅ぼされたのじゃ。今思い返しても、悔し涙が出てくるぞ」

「僕は、その時王国にいて、まだ幼虫でした。スズメバチに運ばれる途中で、運よく逃れることができました。ヒメバチ・ママが拾って、育ててくれたんです。ですから、臭いが違っているのかもしれません」

「その話、おかしいですね」

 女王の隣にいる、若いハチが口を開きました。

「どこがおかしい? ローザ」

「だって、幼虫の時の記憶が残っているはずがありません。ですから、作り話かもしれません」

「それもそうじゃな。我が娘、王女のローザがそう申しておるぞ。ミッチとやら、どう答える?」

「はい。もちろん、僕自身に記憶はありません。僕は、トノサマバッタのお殿様から、聞いたのです。お殿様は、早く本当の母を探し出して、ミツバチ王国の再建を助けるように言いました」

「何! お殿様とな? お殿様が、お前は妾の子だとおっしゃったのか?」

「はい、そのとおりです」

「そうか……」

「お母様。誰ですか、お殿様というのは? ずいぶん偉そうな名前ですね」

「カシの木の王国があった場所に、古くから住んでおるトノサマバッタの長老じゃ。極めて高潔なお方で、あの付近のことは何でも知っておられる。生まれてから一度も嘘を言ったことがないと噂されておる、えらーいバッタなのじゃ」

「そうですか! そうすると、ミッチは私の兄上に当たるわけですね」

「そうなるな」

「まあ、嬉しい! 王国の再建に向けて、心強いですね」

「ミッチ、妾はお前を息子、すなわち王子と認めるぞ」

「は、ありがとう……ござい……ます」

「どうした、ミッチ。具合でも悪いか? 長旅で、疲れが出たのであろう」

「いえ、大丈夫です……。でも、やっぱり我慢できないな。あ、あの……。実は、さっきからお腹が痛いんです。ちょっとだけ横にならせて下さい」

「おお、許すぞ。誰か、ミッチを寝台に運べ」

 しかし、ミッチはその場で倒れ、仰向けに横たわってしまいました。働きバチが、寝台を運んできて、ミッチのその上に寝かせました。

「お母様……」

 ローザが、女王の耳元で囁きました。

「何じゃ?」

「ミッチのお腹が動いています。特に、右側の方です。中に何かいるのでは?」

 女王は、ミッチの腹を見つめました。不自然に膨らんだり、引っ込んだり、膨らみが移動したりしています。

「ふーむ。ミッチはさっき、ヒメバチに育てられたと申していたな」

「はい。ヒメバチに卵を産み付けられ、もうすぐハチが出てくるのではないでしょうか」

「そうらしいな」

 ところが、なぜかミッチは元気を取り戻し、寝台からすくっと立ち上がりました。

「すみませんでした。でも、もうすっかり良くなりました。このとおり、体はとても快調です」

 ミッチはその場で羽ばたきながら、ピョンピョンと跳び上がってみせました。


 ミッチ王子の帰還を祝って、ささやかながら祝宴が催されました。大きな楕円形のテーブルの中央に女王バチが座り、その両側はミッチとローザです。あとは主だった働きバチたちが居並びました。

 王国はまだ再建途上ですから、それほど豪華なごちそうは出せません。花粉団子や、蜂蜜からかもしたミードというお酒が振舞われました。

 和やかな雰囲気が、辺りを包みます。

「危ない目にもたくさん遭ってきたのであろうな? よくぞ、母のもとに戻ってきてくれた。皆の者、ミッチの勇気と強さを讃えて、乾杯しようぞ。乾杯!」

 唱和する声が、洞の中に木霊こだまします。


 異変は突然訪れました。

 ミッチが、急に苦しみだしたのです。口から大量の体液を吐き出しました。

「ミッチを、テーブルの上に寝かせるのじゃ」

 女王が指示します。働きバチたちは、ミッチをテーブルの上に仰向けに寝かせて、手足を押さえました。

 しかしミッチは、エビのように体を反らして苦しみ、口から体液を撒き散らします。

 すると、ミッチのお腹がグッと盛り上がりました。

「メリメリメリッ!」

 音を立ててお腹が破けると、そこから体液が、

「ブシャー!」

と辺りに飛び散りました。

「キャー!」

 耳をつんざくローザの悲鳴が、洞の中に響きました。

 ミッチを取り押さえていた働きバチたちも、恐怖のあまり手を放しました。

 何かが、中から出ようと踠いています。破けた穴から、まず頭が出たと思うと、たちまち体液まみれの全身が現れました。形から見てハチのようですが、ミツバチではありません。もっと細い体をしています。

「それは、ヒメバチじゃ。捕えろ!」

 女王が命じました。

 しかし、ヒメバチは、後ろ足で羽に付いた体液をぬぐったかと思うと、あっという間に飛び立ちました。巣の出口の方に飛んでいきます。

「追うのじゃ! ただし、出口から外に出たら、それ以上追うな」

 ヒメバチは、捕まえる間もないほど素早い身のこなしで、外に飛んでいってしまいました。

 ミッチを見ると、すでにこと切れており、体は破けた風船のように、ペシャンコです。

「お母様、なぜヒメバチを追わせないのですか? 兄上を殺したのですよ」

「ヒメバチは寄生バチだから、このような方法でしか、子を残せないのだ。ミッチは、運が悪かった。いや、そうでもないな」

「どういうことです?」

「ミッチは、幼虫の時にスズメバチの餌にされるところだった。それを運よく、ヒメバチに拾われ、育てられた。妾にも会えたんだから、思い残すことはあるまい」

「でも、兄上を殺したヒメバチが憎いです」

「スズメバチと違って、ヒメバチは我らにあだなすものではない。彼らも、子孫を残すために必死なのだ。我らと同じようにな」

 ローザはまだ釈然としませんでした。でも、王国の再建という大仕事を前にして、いつまでもこだわっているわけにはいきません。ミッチのことは、すぐに誰も話題にしなくなりました。


  *


「ぜんぜん、メルヘンチックじゃない! 腹を破って出てくるなんて、ありゃ、昔の映画にあったエイリアンだ」

「ピンポーン。あのシーンは、エイリアンを参考にしたみたいですよ」

「参考にした? ということは、話はやっぱりフィクションなのか?」

「それにつきましては、後ほどバーで詳しくご説明しましょう。大変お疲れさまでした。展示はこれで、お仕舞いです」

「いやー、長かった。それにしても、よくあんなグロテスクなものばかり集めたもんだ。美しいものなんて、一つもありゃぁしなかったな」

「最初に申し上げましたよね。美しさの判定基準は、姉と私の主観だと。残念ながら、藪原様の感じ方とは、少しずれていたようですね。でも、全部観て下さって、ありがとうございます。姉も大変喜ぶと思います」

「君みたいな美人が一緒に回ってくれたから、何とか最後まで観られたよ。しかし、正直言って、ずいぶんストレスが溜まった。さ、バーに行ってパッーとやろうじゃないか。約束どおり、しっかりサービスしてくれよなー」

「もちろんです。さ、こちらへ」

 






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