標本No.10《COMING SOON》

 二人は、標本No.10の前に来た。

 標本ケースはなく、壁に《COMING SOON》と書かれた表示板が掲げてあった。

「ここは素通りいいんだよね」

「ちょっと、お待ちください」

「まだ何かあるの? 早くバーに行こうよ。これ以上、焦らさないでよ」

「実は、ここに展示する標本は、すでに捕獲してあります」

「何?」

「オスのシオヤアブです」

「シオヤアブって、どっかで出てきたような気がする」

「素敵! ちゃんと聴いて下さったんですね。ひとつ前の、ニホンミツバチの所です」

「他の昆虫を捕まえて体液を吸う、昆虫界きっての名ハンターだろ? もし俺が昆虫だったら、シオヤアブかな?」

「ますます、素敵! 捕獲したシオヤアブは、昆虫なのに常時発情していて、メスを追いかけまわしていました」

「何だそれ? まさか、俺への当てこすりか?」

「え? どうしてです? 藪原さんは、紳士ですよね」

「ま、そりゃぁそうだが」

「バーでも、どうか紳士のままでいて下さいね」

「もちろんだ。サービスは、バッチリしてもらうけどね」


 やっと、すべての標本を観終えた。

 紀彦は、鉛のベストを着たかと思うほど、体の重さを感じていた。それに、秘宝館にあった各種ペニスのホルマリン漬け標本が、まだ尾を引いていた。標本から発していた強い臭いが鼻についていて、まだ吐き気がする。

「では、パラダイスにご招待します。こちらにどうぞ」

 《出口》と表示された重そうな鉄扉を、若葉が開けてくれた。展示室から出ると、そこはもうバーのようだった。

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