標本No.3 ニホンカイレットウジョウチュウ 1
「またまた、おかしな奴が出てきたね」
標本No.3の前で、紀彦がため息をついた。
標本ケースは縦2m、横1mくらいあり、そこに、白っぽくて平たい、帯状の物体が、
「ニホンカイレッ……。カタカナじゃ、どこで区切るんだか分からないね。何なんだ、こいつは」
「サナダムシと呼ばれる寄生虫の一種です。ニホンカイは、海の日本海です。レットウは、物が裂けるという意味のレツに頭のトウ。ジョウチュウのジョウはちょっと難しい字なのですが、簡略化して条件の条を当てることもあります。チュウは虫。ジョウチュウは、サナダムシという意味です」
「君、けっこう物知りなんだね。すごいな」
*
――ポォク、ポォク、ポォク、ポォク、ポォク、ポォク――
「――
<どうも、きょうは調子が出んなぁ。けさ始まった頭痛も、まだ続いている>
いつもであれば、読経の声は本堂内に朗々と響き、木魚もそれに
今、常安が執り行っているのは、
「――
<頭痛なんて、生まれて初めてかもな。しかし、それほどひどくはないから、さっさとこの法事を終わらせて、酒でも飲めば治るだろう>
――ポォク、ポォク、ポォク、ポォク、ポォク、ポォク――
<前から思っているのだが、
「――
<山本さんの奥さんは美人だが、やはり歳には勝てないな。歳相応に
――ポォク、ポォク、ポォク、ポォク、ポォク、ポォク――
<そうだ! 来年挙行する望念寺創建100周年記念・鐘楼改築事業への寄付をお願いしておかねばならんぞ。会食の時に、虎魚殿に話しておこう。ただ、虎魚殿は父親とは違ってケチだからなー。渋るかもしれん>
「――
<さて、法話は何を話そうかな? どうせロクに聴いちゃいないだろうし、腹も減ってきたから、手短かに済まそう>
――ポォク、ポォク、ポォク、ポォク、ポォク、ポォク――
「――
――グォーン……、グォーン……、グォーン……
常安は、脇に置いてあるリン棒を手に取って、
法要の儀式のいっさいを終えると、常安は
「本日は、故山本
参列者のうちの何人かは、まるで関心がなさそうに、あらぬ方向に視線を向けてポカンとしている。
「せっかくの機会ですので、少しお話をさせていただきたいと思います。お疲れの方もおいででしょう。3分間で結構ですので、
ある連続テレビドラマに出てくる決め
「ウォッホン! 仏教では、
常安は話しながら、参列者一人一人に、順に視線を送った。自分の話が伝わっているか、確認するためだ。
<おや。虎魚殿の陰に隠れるような位置に、由香さんがいるな>
常安は、心持ち体を横にずらして、由香の様子を
<なにぃ? 俺の話は、まったく聴いていないようじゃないか。スマホを見るのは止めんかい!>
「――生きている間、どのように過ごしたかによって、死後どの世界に生まれ変わるか決まるのであります。例えば、無益な
<由香め、いっこうにスマホを止めないな>
「ウォッホン! 地獄に行かないまでも、たとえば畜生道では、犬や猫、あるいは虫など、人間以外のものに生まれ変わるのであります。家の中をチョロチョロと徘徊するゴキブリが実は、死んだ近所のお爺さんの生まれ変わりだった、などということも、あながちあり得ないことではございません。ウォッ、ウォッホン!」
<おのれー。まだ止めんのか。せっかく、
「永遠に続く輪廻転生の苦しみを断ち切るためには、
突然、常安がその場に
常安の意識は、急速に薄れていった。最後に耳にしたのは、
「おい、由香! すぐに救急車を呼びなさい!」
という山本氏の叫び声だった。
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