標本No.1 ジョロウグモ 1
「では、標本No.1からご見学下さい。私がご一緒させていただきます」
「お。それは嬉しいね。でも、秘宝館の受付は大丈夫?」
「閉館させてきましたから、大丈夫です。こちらへどうぞ」
若葉は、一番端の標本ケースの前に紀彦を案内した。標本ケースは、横2m、縦1mくらいと、かなり大型だった。
ケースの中の展示物を見て、紀彦はギョッとした。
タカアシガニを横に伸ばしたような物体が、ケースの底板に留められている。左側の胴体と思われる部分から右側に向かって、長い足のようなものが何本も伸びている。
だいぶ乾燥しているらしい。もともと黄色と黒の縞模様があったようだが、今は色褪せている。足の先には、細く鋭い爪が一本ずつ付いている。足は全部で8本あるようだ。
「何なの? これは!」
「ジョロウグモです」
「クモ? クモがこんなに大きいわけないよね」
「ですから、とても珍しいんです」
紀彦は腑に落ちなかったが、右側の足先から左へ移動しながら、顔を近付けて観察した。
そして、さらに左を見ると……。
「あ!」
紀彦は声を失った。
そこには、人の顔のような部分があった。ただ、頭蓋骨が抜かれているのか、干し首のように小さく縮んでいる。目を閉じ、口は開きっぱなしにならないよう、細い紐のようなもので縫って留めてあるようだ。だいぶ抜けて薄くなってはいるが、長い
「こ、これは、人の顔じゃないか? これ、ヤバいぞ!」
「藪原様。落ち着いて下さい。その椅子におかけになって。これから、解説を流しますから。ビール、お代わりありますよ。必要でしたら、遠慮なくおっしゃって下さいね」
若葉は、標本ケースの下にあるボタンを押した。
すぐに、解説のアナウンスが聞こえてきた。その声は若葉のものだ。
*
きょうの
目が覚めたのが昼ごろで、そのままベッドでダラダラ過ごしていた。しかし、店のスタッフから連絡があって、夕方短時間でよいから出勤してほしいという。
<困ったときは助けてくれないのに、仕事はお構いなしに入れてくる……>
面倒くさかったが断り切れず、こうして日暮れの街を歩いている。
<それにしても、
耕平と付き合って3年目だった。
最近耕平の様子がおかしいので、きのう彼を問い詰めたら、別れようという。
<この仕事を目一杯頑張って稼いだカネを、みんな耕平に
お前なんかこっちから縁を切ってやると言い放って別れたものの、悔しかったし、自分が惨めだった。
<でも、きのうは危うくアレが暴走しそうになったけど、なんとかコントロールできたな。自分を
年季の入ったビルの前に来た。屋上の大看板はライトに照らされていて、安っぽい原色で《HOTEL PARADISE》と書かれている。
<ここは建物や設備が古いから、好きじゃない。仕事でなけりゃ、絶対に来ないな>
道路に面して
ロビーを横切り、小窓のようなフロントの前を、行先の部屋番号を告げて通り過ぎる。
「お疲れさまー」
フロントの中から、年配の女性の声がした。ここの支配人で、綾奈のような風俗嬢に親切だ。時々、お茶のペットボトルをくれたりする。
<きょうは、嫌な客に当たりませんように>
綾奈はいつも、客室に向かうエレベータの中で、そう祈ることにしている。
5階で降り、番号表示が点滅している部屋のドアをノックすると、待ち構えていたかのようにサッとドアが開いた。
部屋の
客はすでに、黄ばんだ白ブリーフひとつの姿だ。
「入って、入って――」
早くも肩に手を回してくる。
「先にお店に連絡を入れます。あのー、前払いですので、代金をお願いします」
連絡を終えて、改めて客の姿を見た。
50歳代だろうか。
「いやー、可愛いねぇ。君、えーと、綾奈チャンだっけ。出身はどこ?」
「東京です」
「やっぱり、東京の子はどこか違うね、雰囲気が」
本当は四国の出身だが、訊かれれば東京と答えるようにしている。
「俺は秋田だけど、きのう出張で東京に来てさ。今夜の新幹線で帰るんだ。その前に、いい思い出を作りたくてね」
<たった40分で、思い出なんか作れるんか?>
「さ、君も脱いで」
綾奈はさっさと脱衣した。二人でバスルームへ行く。
「洗いますね」
客の体を洗おうとすると、抱き付いてキスしてくる。
「洗い終わるまで、待って!」
つい、綾奈の声がとげとげしくなる。
「分かったよ……」
綾奈は、客の局部を洗い始めた。これから
ところが、客は我慢しきれないらしく、綾奈の乳房を
<そうガツガツするなよ。このエロジジイ>
綾奈の中に少しずつ、ある感覚が溜まりだした。それは懐かしくて、しかし
ベッドに行くと、綾奈は型どおりのサービスをした。
「今度は、俺が綾奈チャンを気持ちよくさせてあげる」
綾奈は黙ってベッドに
客は、ひとしきり綾奈の体を舐め回してから、綾奈のアソコに中指と薬指を差し入れた。そして、その指をピストンのように出し入れし始めた。
指のピストン運動は、すぐに猛烈な速さになった。
「痛い! やめて!」
「もうすぐ気持ちよくなってくるからね。我慢、我慢。おシオ吹いちゃってもいいよ」
「いや!」
綾奈は客の手を振りほどいて、起き上がった。
あのまま続けさせていたら、出血したかもしれない。
「せっかく気持ちよくしてあげようとしたのに……。君は、顔は可愛いけど、ワガママだねー。今日は地雷を踏んじゃったかな?」
<それはこっちのセリフだよ。魚雷ってやつだ>
綾奈の眼に異様な光が
「ねえ、残り時間が少なくなってきたね。本番させてくれる?」
<やっぱり、そうきたね。このエロジジイ>
「デリバリー・ヘルスのお店ですので、本番は固く禁じられています」
綾奈は、店から教えられたとおりに答えた。
「そんなこと、百も承知だよ。分かったうえで言っているんだ」
<誰が、お前のようなキモいジジイとやるか>
綾奈は面倒になってきたので、適当にあしらうことにした。
「そんなにやりたいの。じゃあ、5万出しなよ。でも、ゴム付けてよ」
「え? 5万?」
客の顔から、作り笑いが消えた。
「5万だって? は? 君は自分にそんな値打ちがあると思ってるんか? こりゃ、
客は手を伸ばし、綾奈を捕まえようとした。
するりと客の手をかいくぐった綾奈は、裸のままバスルームに飛び込んで、勢いよくドアを閉めた。
「ほら、戻ってこいよー。可愛がってやるからさー。さもないと口コミサイトに、本番ありの『アリさん』だって書き込むぞ!」
客はベッドの上で叫んでいる。
「おい! 手抜きサービスじゃねぇかよ。カネ返せ!」
バスルームには、ボディソープのボトルがあった。綾奈はボトルのキャップを外し、湯に満たされたバスタブに、中身を全部注ぎ込んだ。そして、ジェットバスのスイッチを押した。
バスタブの湯は勢いよく泡立ち、泡が盛大に盛り上がっていく。
バスルーム内が暗くなって、バスタブの底に設置された赤や青のライトが点滅した。それとともに、綾奈の顔や体に異様な変化が現れてきた。
やがて、泡は天井まで届くほど
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