disguise9

 立食会はとあるホテルのパーティー会場で行われた。

 車を降りた瞬間から、あたしはカナベル・カスケードになりきった。

 そりゃもちろん緊張はしている。

 会場に足を踏み入れたときなんて、めまいがしそうだった。

 あちこちに人、人、人。

 みんなお金持ちだ。

 こんな子どもにも、仰々しく挨拶をしてくる。

 堂々と……堂々と振る舞わなければいけない。

 アルセウスさんについてまわり、誰だかわからない人たちに挨拶をする。

 それが終わればあたしは用無しなので、近くで大人たちの話を聞いてるフリをしながら、食事にありついた。

 ――ただし、がっつくことはできない。

 悲しい。

 ちなみに、先輩たちとは別行動だ。

 イオンはミリアルといるのはわかっているけれど、先輩がどこにいるのかは知らない。

 いざとなれば助けてくれるだろう。でも。

 ひとまずは自分の力で何とかしなくちゃいけない。

「お嬢さん。よろしければ、飲み物もいかがですか?」

 色々考え事をしながら食べていると、そんなふうに声をかけられた。

「……えっ?」

 見ると、あたしと同じ年頃の男の子が、グラスを手に立っていた。

 栗色の髪をした、男の子だった。

「えっと……」

「失礼しました。僕はアルフレッド・バレット。ぜひこのレモネードをあなたに飲んでいただきたくて」

 そう言って、彼が持っていたグラスを手渡された。

 レモネードだったのか。

「私……に?」

「ええ。先程、とても美味しそうに料理を食べていたのが目に入って、つい」

 恥ずかしいな……

 イオンが聞いたら怒るだろうな。

「いただきますわ」

 とりあえずあたしは優雅に微笑み、グラスに口を付けた。

「……美味しい!」

 素が出そうになるほど、美味しかった。

「本当に!? よかった!」

 彼はとても嬉しそうに笑った。

「僕の父の会社で作っているんです。今日のパーティーで反応を見てから、実際に売り出そうかという話になっていて」

 彼は、ペラペラとお父さんの会社について話をしだす。

 それを聞いてあたしは、単純にすごいなと感じた。

 年の変わらない男の子が、親の会社で作っている製品について、説明できるなんて。

 きっと彼は、お父さんの後を継ぐのだろう。

 どうしてそんなに、楽しそうにできるのかな……

「……あ。すみません……つい話しすぎてしまって。退屈ですよね」

「……いいえ。とても楽しそうに話されるので、思わず聞き入ってしまいました。あなたのその心構え、素敵だと思いますわ」

 頑張って考えた言葉でそう言うと、少し照れくさそうな表情に彼はなった。

「ありがとうございます……。そういえば、あなたのお名前を伺っておりませんでした」

「名乗らず申し訳ございません。カナベル・カスケードと申します」

 カスケードの名前を言った瞬間、彼はハッとした顔つきになった。

「カスタード・カスケードのご令嬢でいっらしゃいましたか……。僕、クッキーが好きで、よく食べさせていただいています」

「光栄ですわ」

 当たり前だけど、有名だよね……やっぱ……

「今日はお父様について来られたのですか」

「ええ。将来のために勉強しておきなさい……と」

 本当かどうか知らないけど。

 適当に言ってしまった。

「あなたと同じ……ですわね」

「……そうですね。僕と同じだ」

 なぜか妙な間があいた。

 あたしとしてはこの会話、終わらせたいのだけど……

 アルセウスさんはさっきからずっと同じ場所で、沢山の人と話しているし、動く気配もない。

 アビーに助けを求めようにも、彼女の方が緊張してあたしの後ろで縮こまってしまっている。

 どうしたものか……

「アルフレッド様。旦那様がお呼びですよ」

「ああ……わかった。すぐに行く」

 そのとき、いかにも執事! という感じのお兄さんが、アルフレッドにそう声をかけてきた。

 イケメンのお兄さんだ。

 お金持ちの執事さんは、顔もいいんだね……

「もっとお話したかったのですが……」

 彼が、別れの挨拶を切り出そうとしたときだった。

 会場が、暗闇に包まれた。

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