disguise14
わざと薄暗くしている会場には、多くもなく少なくもない人たちがまばらに散っていた。
オークションというだけあってか、先程までいた交流会の会場とはえらく違った雰囲気に包まれていた。
何となく相手の顔が見づらいような照明になっているのは恐らく、出品される物が正規のルートを通ってきたものではないことを示しているようだった。
今になって、自分が関与してもいいことなのかと、疑問を抱き始めた。
しかし、メロディーにああ言ってしまった以上、やるしかなかった。
「次はいよいよお待ちかね! ホワイト氏が所有する、至極のコレクションです!」
会場の雰囲気とは打って変わって、明るい声の男が、そうアナウンスした。
リンが潜んでいる真下で、嫌味っぽそうな中年男と、白髪の少女が舞台へ出てくるのが見えた。
あれは、ミルキー・ホワイト。
リンは先日のことを思い出す。
「今回出品されるのはこちら! かのデュボア伯爵家に伝わる王冠! 曰く付きの王冠でございます! ――さぁ、まずは……」
オークションが始まった。
金額がみるみるうちに上がっていく。
物が舞台に出ている。
盗むには絶好チャンス。
行くなら今だ。
――リンが腰を少し浮かせたときだった。
「ちょっと待ったぁ!」
どこからかそんな声が聞こえてきて、一枚のカードが、王冠を乗せた台車に突き刺さった。
どよめく会場。
嫌な予感がする。
リンは表に出るのを一旦待つことにした。
「その王冠は、ダークムーンがいただく!」
リンがいる所からは、彼女の姿は見えない。
だが、メロディーが叫んでいるということだけはわかった。
聞いていた話と違う……
頭を抱えたくなったが、ここでじっとしているわけにはいかない。
思い切って、リンは潜んでいた舞台上の支柱から、下へと飛び降りた。
突然人が降ってきたので、舞台にいた人々は驚いたようにのけぞった。
「た、大変だ!」と、司会者の男があわてふためいている。
「で、出たわね! 怪盗女! また私の邪魔を……!」
「!!」
ミルキーがピストルを向けてきた。
ブラック・リボンだと思い込んでいるようだった。
どうせこの女に引き金は引けない。
震えている彼女手を見て、リンは悟った。
目の前の王冠を手に取り、とある場所目がけて放り投げた。
悲鳴があがるが、王冠は開け放たれていた大きな窓の前に立つ、ウィルがキャッチした。
「危ないな……落としたらどうするんですか……」
彼はぶつぶつと不満を漏らした。
「撤収――!!」
未だどこにいるかわからないメロディーが叫んだ。
慌ててリンは舞台から降り、ウィルと同じく窓から逃走を図った。
――事が起きたのはそのときだった。
目眩のような、そんな感覚に襲われ、足下がおぼつかなくなってしまった。
上手く歩けず、絨毯の敷かれた床の上に倒れてしまう。
意識は失わなかった。
鉛でもついているかのように重い体を、無理矢理起こす。
周囲を見て、驚いた。
舞台上にいるホワイト父娘はおろか、会場にいる全ての人間が、倒れていたのだ。
おそるおそる近くにいる男に手を伸ばし、首筋に触れてみると、脈はあったのでひとまず安心する。
どうやら気絶しているだけのようだ。
「何? 何なの……? 頭が重い……」
少し離れたところで、声がした。
寝起きのような顔をした、ベルボーイのメロディーだった。
「さすがの僕もくらっときました……早くここから出ないとまずいですね」
しかめっ面のウィルも、片膝をついていた。
「まずいって、何が――」
メロディーが口を開いたときだ。
何かが、ウィルを目がけて飛んで来た。
彼が難なくそれをかわすと、壁にぶつかり、粉々になって砕け落ちた。
どうやら、客が落としたグラスのようだった。
どうしてこんなものが……
「あー! もう! 何で気絶しちゃうんだよ! ミルキー!」
幼い少女の声が、聞こえてくる。
「ホラ……やっぱり出てきた……」
面倒くさそうにウィルがつぶやく。
舞台の上には、真っ赤な頭巾を被った少女が、横たわるミルキーを起こそうと、揺さぶっていた。
「どうしよう! あたし一人じゃ負けちゃうよー! でも王冠を取り返さなきゃいけない! どうしよう!」
彼女は一人でパニックになっていた。
「……あの子をどうにかしないと、僕たちはここから出ることはできないはず」
どういうこと? と、リンはウィルを振り返る。
「閉じ込められてしまっているんですよ、この部屋に」
彼の言う通り、開いていたはずの窓が閉じられている。
メロディーが扉を確認しているが、どれも開かないようだ。
「何なんだ、あのガキは」
「人を惑わす力を持っている……幻術使いってやつですよ」
あんな子どもが?
リンはわめく少女をもう一度よく見る。
子ども。
そういえば、メロディーが気をつけろと言っていた。
あの少女が、メロディーの言う海賊なのだろうか。
「うわーん! 助けてよー! ルイー!」
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