disguise13

 会場の電気を消すという作戦は、一度失敗したのでもうやらないという。

 そもそも会場はそんなに明るい照明ではないので、消す必要もないようだった。

 ――では、なぜ電気を消したのか?

 その質問をぶつけると、メロディーは温かい目でリンを見るだけだった。

 妙なタイミングで明かりを消してしまったせいで、ホワイトの警戒度は一気に上がっただろう。

 しかも彼らの出品はこれからだ。

 ここでまた疑問が湧き上がってくるが、リンは聞くのをやめた。

 とにかく、リンの目的は一つ。

 依頼人、アルセウス・カスケードを狙う者がオークション会場に潜んでいないか探すこと。

 そんな所にいるはずがないと願いたい。

 そして、同じ場所で同時に二つのイベントが行われていることも偶然であると信じたい。

 メロディーと別れたリンは、一人、頭の中で色んなことを考えていた。

 彼女がいた植え込み沿いにずっと真っ直ぐ歩いて行く。

 身を隠しながら、できるだけ音を立てずに進んでいく。

 ホテルの周りは警備どころか人っ子一人いないので、隠れてもあまり意味がないのかもしれない。

 メロディーに言われた通りに進んでいき、とある場所で立ち止まる。

 その止まった場所の3階が会場だった。

 戸は開け放たれているが、カーテンで中が見えないようになっている。

 他の窓もカーテンがされている。

 このままテラスから忍び込めば、確実に怪しまれるどころか、即刻バレる。

「……ブラック・リボンの格好で何をしているんですか、君は」

「!!!」

 心臓が飛び出そうになるのではないかというくらい、驚いてしまった。

 思わず叫びそうになった口を押さえ、振り向く。

 そこには、真っ黒の衣装に身を包んだ青い瞳の男が、腕を組んで立っていた。

 背後に立たれていたことに気づけなかった。

「正直自分の目を疑いました……。近づくまで彼女だと思い込んでいたので」

「そりゃどうも。そう言ってもらえると変装冥利に尽きる」

 少し距離をとって、リンは不服そうな顔をしている彼を見た。

 ブラック・リボンの相方、怪盗ウィンディー。

 本名はウィル。

 彼もまたダークムーンの一人である。

 リンは彼のことが苦手だった。

 メロディーと話していると、殺気のこもった目でにらんできたりするからだ。

 俺が何をしたっていうんだ……

 リンは毎回、そう思わずにはいられなかった。

「僕たちの邪魔をする気なら、ここで今、君を斬ります」

 彼は、腰に据えた剣を抜こうとする。

 短気すぎるだろ!

「邪魔なんてする気はない……単にメロディーさんと衣装を取り替えて、俺が囮に」

 嘘をついても仕方がないので、本当のことを話そうとした。

「囮? つまり僕らに協力するということですか? ――それが君にとって何のメリットに?」

「情報収集。こっちの仕事との関連性を探りたいだけだ」

「へぇー……」

 疑いの目は消えない。

 信じてくれていなさそうだ。

「それに、何やら上手くいってなさそうだし、大人しく手を借りてもらっておけば?」

 挑発的に言うと、思いっきりにらまれた。

「あんまり図に乗るなよ……」

 敵意も殺意もむき出し。

 リンは黙らざるを得なかった。

「ここで君を追い払ってもいいのですけど、そんなことをすれば彼女はきっと怒るでしょうね。君の言う通り、大人しく使ってやりましょう」

「……」

 上から目線なのがムカつくが、もう言い返せなかった。

「あの扉が開いているテラスから、どうぞ忍び込んでください。一発で捕まりますから」

「わかってて行くバカにどこにいるんだよ……」

 言われなくともバレるのはわかっていた。

「俺がブラック・リボンとして姿を現せば、あんたらはその隙に盗める……それでいいんだろう?」

「ていうかそれしかないですよね。さぁ、どうやってまずは忍び込みましょうか」

 答えを教えてくれない意地悪な先生みたいだった。

「さっさと自分の持ち場に戻れよ……そっちだって役割あるんだろう?」

「ありますが、君に指図されたくないですね。……まぁ、でもそろそろ行かないといけないか……」

 最後は、どこかを見つめながら彼はつぶやいた。

「それでは。せいぜい足を引っ張らないように」

 彼はリンに向かって恭しくお辞儀をした。どう見てもバカにされているとしか思えなかったが。

 暗闇に、ウィルは姿を消した。

「……俺も行くか」

 リンはもう一度建物を見上げ、小さく言った。

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