disguise12
「……さて」
誰もいないところでキャサリンの姿から元に戻ったリンは、小さく息を吐いた。
『リン様、あのお坊ちゃんから離れたわね? どうする気?』
途端に耳元でイオンの声が聞こえてきた。
どこかで見ていたのだろうか。
「……何だか不可解なことが多いからな。探りに行くだけだ」
『あっちのことに首を突っ込まないようにね』
「……」
それが言いたかったのだろうか。
返事をするのも面倒だったので、リンは何も言わずに通信を切った。
……後で怒られそうだ。
リンはため息をついてから、まず、従業員しか入れないバックヤードに侵入した。
忙しそうに働く彼らの目を盗み、ロッカー室に忍び込む。
幸いにも誰もいなかったので、適当に一着、ベルボーイの制服を拝借した。
この格好なら、ホテル内をうろついていても問題ないだろう。
そう思いながら、ロッカールームを出ようとしたときだった。
「うるさいわね! わかってるわよ!」
という女の声がした。
しかも、聞き覚えるのある声だった。
少し開いた窓に近づき、こっそり顔を出して見ると、植え込みに身を隠すようにして座り込む人影が。
黒い、リボンの付いた帽子を被った女だ。
「……メロディーさん?」
「!!!」
女はビクッと体を震わせ、顔を上げた。
「リ、リン君!?」
名を呼んだのが知り合いとわかってか、彼女はホッとした様子だった。
「驚いた。こんな所で会うなんて……何しているの?」
「仕事です。そういうメロディーさんは大変そうですね。さっきの停電、あなた方の仕業でしょう」
メロディーの頬がピクリと引きつった。
「ま、まぁね……全部消すつもりはなかったんだけど……ボタンが多くって」
どうやらわからず、全部の電気を消してしまったようだ。
「今日は何を盗むつもりだったんですか?」
メロディーの正体は、ダークムーンのうちの一人、ブラック・リボンと呼ばれている怪盗である。
偶然、その正体をリンとソフィアは知ってしまった。
なので、彼女もまた、二人のことも知っている。
「ホワイトがオークションで王冠を出すっていうからね……。これがまたいわく付きで。あ、ホワイトって知ってる?」
「もちろん。――この間娘を殺し損ねた」
「……え……?」
メロディーは、リンの顔を凝視した。
「――何でもありません。忘れてください。それより、こんな所に隠れていて大丈夫ですか?」
「……大丈夫。最早相手がホワイトだからって、予告状を出しても警察すら現れなくなったわ。どういうつもりなのか、ホテルもあまり危機感がないし……それにやつら、用心棒みたいなのを雇っているしね」
「……用心棒」
心当たりがあった。
先日、対峙したあの男のことか――。
「いつもいつもあいつらに邪魔をされるわ……。あのウィルとも対等だし……今回はどこに潜んでいるのやら」
「……メロディーさん」
憂鬱そうな彼女に、リンはある提案をした。
「そのブラック・リボンの衣装、貸してもらえませんか」
「えっ? 私の服?」
「俺のと交換しましょう」
「え??」
メロディーの頭の上に「?」が飛び交う。
「どうやら苦戦しているようだし、俺が囮になります」
「で、でもリン君はそうじ屋の仕事が」
「ちょっと気になるんですよね。俺の仕事と、メロディーさんたちが追いかけているものが。何か関係がありそうな気がして」
「そ、そうなんだ……」
言われるがままに、メロディーはリンと衣装を取り替えた。
「……リン君、私の服入るんだ……」
ベルボーイとなったメロディーは、目の前にいるブラック・リボンに扮したリンを見手、絶望感に包まれた。
「え? 余裕で入りましたけど……」
その言葉がメロディーの心を傷つけた。
明日からダイエットしよう……
「リン君ってそういえば身長、私とあまり変わらないよね」
「……突然伸びなくなったんですよ……」
今度はリンの心にグサリと、彼女の言葉が刺さった。
メロディーは、女子にしては背が高い方だったが、大きすぎるというわけでもなかった。
「そういうメロディーさんは、少し背が伸びてますよね……」
「そうなのよねぇ。あまり高すぎるのも嫌なんだけど……」
「……」
「なんかごめん」
「いえ……」
二人の間に気まずい空気が流れる。
「リ、リン君! ブラック・リボンの格好似合ってるね! 本物ばりだよ!」
「それ喜ぶべきところですか……?」
「……ごめん」
余計に気まずくなってしまった。
「……まぁ、こっちの方が俺は動きやすい」
「? どういうこと?」
「いえ。気にしないでください。――そちらがつかんでいる情報など、教えてもらっていいですか」
リンはメロディーから、ダークムーンが計画している侵入ルートや、盗む手順を教えてもらった。
そして、もう一つ。
「いい? あいつらは絶対、さっきも言った用心棒を連れているから、気をつけて」
「……特徴などありますか」
「私たちと同じ年くらいの子どもよ。男もいれば、女もいる。主に娘のミルキーと共に行動しているわ。やつらの名前は、ファントムバトー海賊団」
「……海賊……?」
ええ。と、メロディーは頷いた。
「海賊というのは名前だけ……。殺しに特化した子どもばかり集められた集団よ。ウィルと因縁があるせいか、よくちょっかいをかけられるわ」
やはり、この間遭遇したやつと同じのような気がした。
「ねぇ、リン君。本当に大丈夫? あまり無理しないでね」
心配そうにリンの顔をのぞき込むメロディー。
「……大丈夫。任せてください」
リンは微笑み、帽子を深く被り直した。
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