mission20
「本が……沢山……」
リンはとある部屋で唖然としていた。
割れたカップの破片で盛大に血を流し、医者を呼ばれた後――、ミリアルに大人しくしているようリンは言われた。
大げさにも怪我をした右手は包帯でぐるぐる巻きにされ、家に帰ることも許してもらえなかった。
しかし、引き止めた当人であるミリアルは仕事が忙しいのでと、すぐに書斎に閉じこもってしまい、リンは一人広い屋敷で暇を持て余すこととなった。
その結果、図書館のようなこの部屋に行き着くこととなった。
あらゆる種類の書斎があり、どれを手に取ればいいのか迷うほどだ。
悩むに悩んで手にした一冊を持って、席に着く。
静かで、誰もいないこの空間――。
本を読むにはとても素晴らしい環境だが、ここしばらく時間を持て余したことがなかったリンは、文章を読みながら深い眠りに落ちていった。
「あれ? 何してるの、マリー」
仕事がひと段落したところで、ミリアル・スマイルはリンを探して屋敷を歩き回っていた。
その途中、書庫の扉の前でオロオロしているメイドの姿を見つけた。
「だ、旦那様……あの、その……」
いつものことながら、挙動不審である。
「どうしたの。何か困りごと?」
「ち、違うんです。その、中にリン様がいらっしゃるはずなんですが、ノックしてもお返事がなくて……」
マリーの傍には、ティーカップとポットのお茶セットが乗った台車があった。
「ああ……なるほど……。だったらさ、開けてみればいいじゃん」
そう言って、ミリアルはゆっくり扉を開けた。
マリーの言う通り、リンは中にいた。
しかし。
「お昼寝中だね」
くすりとミリアルは笑い、マリーはホッと安心した顔になる。
「マリー。僕が紅茶を淹れておくから、君はもう持ち場に戻りなさい」
「え、でも」
「大丈夫大丈夫。気にしなくていいから。ホラ、行った行った!」
背中を押して、半ば強制的にマリーを行かせた。
何度も彼女は後ろを振り返るので、見えなくなるまで手を振って見送り続けた。
「――さてと」
台車をできるだけ静に押して、中に入る。
カップをリンの近くに置き、ポットに入ったお茶を注ぐ。
ふわりとダージリンの香りが漂い始めたとき、リンは飛び起きた。
「……おはよう」
寝起きで状況を理解できていない様子のリンは、何が起きたのかときょろきょろしている。
「よく眠れた?」
目の前で自分に微笑みかけるミリアルを見て、ようやく今日一日の出来事を思い出した。
「マリーがお茶を淹れてきてくれたんだ。さぁ、飲んで」
「……お前、仕事は」
「まだあるけど、一旦休憩。君の姿が見えなかったからね。探しに来たんだ」
「……」
一瞬脱走しようかと考えたりもしたが、一筋縄ではいかないような気がした。
「リン君は本、好き? 僕も昔は沢山読んだよ。この部屋には小難しい専門書なんかもあるけど、買ってもらった小説なんかもいっぱいあるから好きに持って行ってくれていいよ。今君が読んでいる系統の本だと……」
次々にリンの前に本が積まれていく。
こんなに読めるわけがない。
「……ミリアル」
放っておいたら目の前に壁ができそうな勢いだったので、ティーカップを置き、静かに彼の名を呼んだ。
「さすがに読めないから」
「……だよね。ごめん」
我に返ったという感じで、ミリアルは椅子に座った。
沈黙が流れる。
ソフィアやイオンといるときは沈黙が続いても平気なのに、今はものすごく居心地が悪い。
あまりお喋りが得意ではないリンであったが、このときばかりは何か言わねばという使命感にかられた。
「……あの。本はちょっとずつ読むから。色々教えてくれてありがとう」
そう言われてミリアルは一瞬きょとんとしたが、すぐにニコリと笑顔になった。
「君がここの本を読んでくれると、僕も嬉しいよ」
何だその口説き文句みたいな台詞は――。
ついそんなことを思ってしまったが、顔がひきつらないようにリンは耐えた。
「ねぇ、君はどんな本が好き? というか君が読書熱心だなんて初めて知ったなぁ」
「え。いや、熱心とかそういうわけでは……」
質問攻めにあい、言葉に詰まる。
困っているというのに、ミリアルはずっとニコニコしているではないか。
何なんだ、こいつ。
一体何がしたいんだ。
「アハハ。ごめんね。いつも君はソフィアちゃんに怒るくらしか感情を表に出さないから。つい」
「……」
ついってどういうことだ。
からかわれていると知り、リンは少しムッとした。
「怒ったり悲しんだりしている顔じゃなくて、僕は君の笑顔が見たいんだ」
「――そういうのは女性に向けて言ってはどうでしょうか」
「……そんなつもりで言ったんじゃあないんだけど」
拒否されてしまったので、ミリアルはさみしそうに微笑んだ。
「ミリアル……いつもソフィアのレベルにあわせて話してくれていると思っていたが、ただの軽いやつだったんだな」
「え? なんか今、僕の株が落ちた感じ?」
暴落したと言っても過言ではない。
「お前とはこうやって一対一で話したことはあまりなかったが……」
「……本当に覚えてないの?」
「――えっ?」
途中で言葉を遮られ、思わずミリアルの顔を見た。
笑顔は、消えていた。
「覚えてないって……何を……?」
「ううん。何でもない。ごめん、僕の勘違いだ」
まるで避けるようにミリアルは立ち上がる。
「さて、仕事に戻らないと。お昼寝の邪魔をして悪かったね。もう少し君と話していたかったけれど……」
名残惜しそうに手が伸びてき、リンの頬に軽く指が触れた。
「また今度」
茫然とするリンに微笑み、彼は出て行った。
リンはしばらく動けずにいた。
【mission終わり】
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