disguise16

 信じられないという目で、彼女はあたしを凝視した。

 そこには、軽蔑も含まれていたかもしれない。

「ちなみに亡き七代目はソフィアお父さんだったよね、確か」

「うるさい、言うな……それ以上は言うな」

 死んだ親のことまで言わなくていい。

 言わないでほしい。

「どうして……どうして黙ってたんスか!? 六代目様も、リン先輩も、イオンさんも……ミリアルさんも知っていて、自分には黙っていたっていうのか!?」

 アビーがそうじ屋に引き取られて、あたしの所に来るまで日が浅い。

 おばあちゃんのいる本家にいる時間も短かっただろう。

 あたしは身分を隠したがっているのは誰もが知っていることだし、アビーが知らないということは……誰も教えなかった。

 あたしは、彼女が何も知らないのをいいことに、本当のことを教えなかったんだ。

 ……ずるい人間だ。自分のことしか考えていなかった。

 別に、そうじ屋の当主になるのが嫌なのではない。

 みんな、あたしを「ソフィア様」と呼び、特別扱いしてくるのが嫌なんだ。

 あたしなんて、何も出来ないちっぽけな存在だというのに。

「自分が裏切りを憎んでいると知っていながら……!」

「アビー。違う。あたしは――」

「裏切り行為ではないと言うつもりっスか? 自分は、仲間の裏切りにより命を落としかけた……! これ以上の屈辱はもういらない!」

 そうだ。

 彼女はあたしのつまらない見栄によって、恥をかかされた。

 許してもらえるわけがない。

「喧嘩は後ですよ。今は目の前の敵に集中しなさい」

 あたしと、アビーの間に背の高い男の人が割って入ってきた。

「!?」

 あ、あれ……!?

 この人、アルフレッドの執事さん!?

 名前は確か、

「ユーリと申します。ソフィア様。こうしてお話をするのは初めてかと」

「は……はぁ……」

 だ、誰だ?

「ふぅん。あんたもそうじ屋ってわけだ。全く気がつかなかったなぁ」

 ルイの言葉に、あたしは目を丸くした。

 名前も知らない人だっているだろう。

 それだけ沢山いるということなんだけど……

「アルフレッドの執事してたよね!?」

「ええ。六代目の指示で、少し特別な任務についております。ところでソフィア様。どうかこの未熟な新人のことはお忘れください。いつまでも過去のトラウマを克服できない、愚かな娘です。六代目にはどう処置するのかよくよく検討いただくよう、報告いたしますので」

 愚かと言われ、アビーはムッとした表情になった。

「何なんスか! あんたは! いきなり出てきてっ……」

「黙りなさい。お前はまだ自分の立場というものがわかっていないようですね」

 氷のように冷たい目を、彼はアビーに向けた。

 アビーは圧倒されて、言葉を失った。

「自己中心的な感情で動く駒などいりません。そこに突っ立っていなさい。命の保証はしませんし、守りもしません」

 素っ気なく言い、アビーを視界から消すように、ルイと向き合った。

「うーん。俺、圧倒的に不利な状況だね?」

 とは言いながらも、ルイは楽しそうだった。

「俺さ、そこの社長さんに用があるんだよね。あとついでに、未来の当主も殺れたらいいなぁって」

「そう言われて、易々殺させるとでも。どこの馬の骨だか知りませんが、ここで潰します」

 怖……

 この人怖いな……

 さっきまでにこやかにあたしに話しかけていた顔が一変し、殺し屋の目になっていた。

「どうしてミリアルを狙うんだ! お金か!?」

 あたしも負けじと叫んだ。

 とても頭の悪いことを言ってしまったけど、それしか思いつかなかったのだ。

「お金? そんなものよりもっといいモノさ! ねぇ、ミリアル・スマイルさん! 俺たちはあなたが邪魔で仕方ないよ。何でしゃしゃり出てきちゃったの? そんなにアレが魅力的だった? ――まァ、俺には必要ないんだけどね。きっと、あの人が喜んでくれるだろうと思ってさ」

 何を言っているんだ、こいつ……!

 あたしはチラッと、ミリアルの様子を窺った。

 顔が青ざめている。

 いつも飄々としているミリアル。

 こんなに動揺している姿は初めて見る。

 心当たりがあるらしい。

「嫌な予感がします……六代目に報告することが増えた……」

 ユーリさんも知っているような感じだった。

「ユーリさん! ルイ……あいつの相手、お願いしてもいい? あたしはミリアルの傍で援護する!」

「お任せください」

 ゆらり、と、彼は動き出した。

 ルイの表情がますます嬉しそうなものになる。

 狂っているようにしか、あたしには見えなかった。

 向かってくるユーリさんに発砲する。

 ユーリさんはそれらを全てかわし、さらにルイへと接近した。

 あたしは慌てて、ミリアルを倒れた机の陰に隠れさせた。

 本当はここから脱出してほしいけど、今は危険だ。

 でも、時間もない。

 早く片を付けないと、間違いなく警察がやって来る。

 これはあたしの想像、直感だけど――、仮に警察なんかがここに踏み込んでくれば、あいつは、彼らを何の躊躇いもなく撃つ。

 そんな、予感がした。

 あれはもう……いや、そもそもルイなんて名前の友だちなんて、最初から存在していなかったんだ。

「結構やるね。そうじ屋のお兄さん。これじゃあ弾の無駄遣いだ」

 ルイは何度も発砲しているが、どれ一つとして命中していなかった。

「そんなオモチャに頼ってばかりいるからでしょう?」

 そう言うユーリさんは丸腰らしい。

 いや、一応武器は所持しているのだろうけど、使い気配がない。

 どういうつもりなんだろう……

 今はとにかくルイと距離を縮めようとしているみたいだ。

 接近戦を狙うつもりなのか。

 あたしは銃を構えたまま、二人の動きを守った。

 弾の換えがないのか、次第にルイは撃たなくなっていった。

 確実に狙いを定めてから、撃つのだろう。

 一方、ユーリさんは動き回って、的を定めさせないようにしている。

 でも、彼だって人間だ。

 いつか体力に限界がくる。

 くそ! あたしの銃の腕がもっと良ければ!

「これじゃあ切りがありませんね。そろそろけりを付けましょうか」

 ユーリさんがついに銃を手にした。

「なぁんだ。持ってんじゃん!」

 嬉しそうに叫ぶルイ。

「当然でしょう。――ですが」

 一発、弾丸を放つ。

 あっさりとそれはかわされてしまう。

 だが、それが狙いのようだった。

「撃つことが全てではない」

「!」

 ルイが弾に気を取られている一瞬の隙に、ユーリさんが彼の背後に回り込んでいた。

 そして、グリップの底の部分で、思いっきりルイの後頭部を殴った。

 鈍い音がし、膝から崩れ落ちるルイ。

 何て使い方だ。

 そのままユーリさんは彼を床に押しつけ、身動きが取れないようにした。

「そうくるかぁ。油断したなぁ」

「あなたを生け捕りにします。色々情報を聞き出す必要がありそうだ」

 どう見ても不利な状況にあるのに、ルイはそれでも笑っていた。

「さぁ、それはどうかな」

「……!?」

 そのときだった。

 突如、壁の一部が崩れたのは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る