trio3

 先輩に好きな人だって?

 そんな、まさか。

 あれだけあらゆる女性に手を出しているというのに……?

「誰々ー? 教えて! ラン先輩!」

 ブロッサムは興味津々である。

 俺も気になる……

 どんな人なんだろう。

「よくお聞き、後輩たち……あれは、桜舞う春の日ことだ……」

「え? もしかしてその話、長い?」

「うるさい! 黙って聞け! ――僕はまだ、そうじ屋に入ったばかりだった」

 まるで昔話でもしてくれるかのような口調で、先輩の回想が始まる。

 俺は興味ないんだけど……と、リン先輩が持ってきたお湯でお茶を淹れ始めた。

「この広い屋敷にも慣れていなかったし、不安もあった。周りは大人ばかりだし、僕は自分が何をしなければいけないのかもよくわかっていなかったんだ。まだキャロル様とも顔を合わせていなかった頃だからね。とにかく僕は、この家を一度探検してみようと思ったんだ。それでうろうろしていると……中庭を見ることのできる廊下で、女の子がポツンと一人そこに立っていたんだ。開いた窓から風と一緒に桜の花びらが、中に舞い込んできて、彼女は今にもその花びらと共に散っていってしまいそうな……そんな儚げな少女だった」

 先輩の想像力豊かな表現のおかげで、とても目に浮かびます、はい。

「その女の子は、どんな子だったの?」

 ブロッサムが尋ねる。

「黒くて長い髪の女の子だったよ。年は多分僕と同じくらい。あまりにも色白で、おまけにあちこち包帯だらけだったから、余計に儚げに見えたんだ」

 包帯……気になるな。

「その人、名前は? 今はどうしているの?」

 一番気になることを、これまたブロッサムが質問するが……先輩はなぜか悲しげな表情で首を左右に振った。

「何もわからないんだ……彼女の美しさに心奪われた僕は、その場に立ち尽くしてしまって、何も聞けなかったんだ。僕が声を掛ける前にその人は、僕の前から立ち去ってしまったよ……。それきり、彼女の姿を見かけることはなかった……」

 なんと。

 あの先輩が。

 名前も聞けずに終わったって?

 先輩にもそういう時期があったんだな……

「ラン先輩も何だかんだ言って、へたれなんだね」

「うるさいよ、ブロッサム! 先輩に向かって何てことを言うんだ!」

「でもおかしいよね。この家で出会ったのなら、その人もきっとそうじ屋だよね? 辞めちゃったのかな。もしくは死んだのかな?」

「縁起でもないことを言うな! 僕の初恋の人を勝手に殺すんじゃない!」

 先輩が忙しく突っ込んでいる。

 さすがの先輩もブロッサムには敵わないらしい。

 ……だけど、亡くなっているという可能性はゼロじゃない。

 いつ自分の身に何が起きてもおかしくないような仕事だ。

「僕はきっといつか彼女と再会できると信じている! そのときは絶対に結婚を前提に交際を申し込む!」

「先輩、大げさだなぁ」

 ラン先輩は真剣だが、ブロッサムは笑っている。

 そんなとき、「きゃあっ!」という、ローズ先輩の悲鳴があがった。

「り、リンちゃん! お湯が溢れているわよ!」

 見ると、机の上が大惨事になっていた。

「悪い……ボーッとしてた……」

「お、落ち着いて、リンちゃん! すぐに拭くからね! 火傷はしていない?」

「お前こそ落ち着け。それは台拭きじゃなくてハンカチだろ」

「やだ! 間違えちゃった!」

 二人があたふたしているが、ラン先輩は「何やってんだか」という目で見るだけで、特に手助けする気はないようだった。

「どう!? これで僕が一途だとわかったでしょ!?」

 ……色々と言いたいことはあるが、この状況下で話を続けるんだということはよくわかった。

「ランラン、それ本気で言ってんの?」

 ここで、ソフィア様が参戦。

 お菓子を食べながら、なぜかニヤニヤしている。

「ソフィア様まで信じてくれないのか……僕は大真面目だよ!」

「違うよ。そうじゃなくて、本当に気づいてないの? だってそれって……むぐぅ!」

 ソフィア様が何かを言おうとしたとき、リン先輩が光の速さで彼女の口に大量のクッキーを押し込んだ。

「ほらほらどうした。お前の好きなカスケード・カスタードのクッキーだぞ。遠慮せずにもっと食べろ」

「むががががが……」

「そうかそうか。美味いか。よかったな~ソフィア~」

 いや……あの……先輩……

 ソフィア様、苦しそうにしているんですけど……

「何だ、ソフィア様。結局僕の話なんかより、お菓子のほうがいいんだね」

 ものすごい勘違いをして、ため息をつくラン先輩。

 ……本当に初恋の人なんているのか疑わしくなってくるな。

「会議、まだ始まんないの? だったら僕、暇だからその辺散歩してくるね。もしかしたら、偶然彼女に再会しちゃったりして!」

 そんなことを言いながら、先輩はルンルン気分で出て行ってしまった。

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