disguise4

「大丈夫かしら、あの子。いきなり連れ回して引いちゃうんじゃないかしら」

 心配しているのか、イオンがずっと隣でぶつぶつ言っている。

「推測するに、友だちでもできたとはしゃいでいるんだろう。放っておけ」

「ずいぶんと甘いことを言うわねぇ、リン様。おかげでこの私が買い物に行く羽目になったんだから!」

 そう。リンとイオンは共に町へ買い出しに行き、今はその帰り道だった。

「ソフィアには友だちと呼べる存在がいないからな。いいんじゃねぇの。少しの間くらい」

「……確かに、あの子は可哀想な扱いを受けているものね」

 イオンはそれ以上のことを言うのをやめた。

「とっとと帰って夕食を作ろう。一人分多く作らなきゃいけなくなったしな」

 そうね。と、イオンが頷こうとしたときだった。

「リンくーん!」

 誰かがリンの名を呼んだ。

 ――女の声。

 イオンの目が光る。

「……メロディーさん」

 ピンクのリボンが印象的な、黒髪ポニーテール少女が、手を振りながら走ってきた。

「丁度リン君の所へ行こうと思っていたの。ナイスタイミング!」

 息を切らしながら、彼女はニコリと笑った。

「どうかしましたか」

「おすそ分け! クッキーよ! 作り過ぎちゃって。ソフィアちゃんと食べて!」

 と、彼女はタッパーを差し出してきた。

「……って、その荷物じゃあ持てないわね。一緒に家まで行くね」

「ありがとうございます」

 彼女の名は、メロディー。

 リンたちの住む家から数メートル先の所に、最近引っ越してきた人物だ。

 ここへ来る前からリンとソフィアは顔見知りらしく、互いの秘密も知っているそうだ。

 イオンはこの、メロディーという女のことを警戒していた。

「あ! もしかしてあなたがイオンちゃん? 初めまして! 私はメロディー。リオンの同居人よ」

 馴れ馴れしい。

「どうも。噂には聞いているわ。うちのソフィアとリン様がお世話になっているようで。あと、その名前は聞きたくないから口にしないでちょうだい」

「イオン、お前っ……」

 あまりにも態度が悪かったので、リンはぎょっとした。

「何よ。文句あるの」

「文句あるのって……その態度はないだろ!? すみません、メロディーさん……」

「平気よ。リオンと仲悪いんだっけ。ごめんね」

 知っていてわざと言ったの!? 

 イオンはますます機嫌を損ねる。

 リオンというのは同じ情報屋仲間だが、いつもイオンと情報の取り合いをするほど仲が悪かった。

 そんな嫌いなやつは今、メロディーにくっつているようだった。

「今、とても虫の居所が悪いわ」

「は!? お前、本当にいい加減に……」

「まぁまぁ落ち着いて」

 メロディーが仲裁に入るものの、イオンはフン! とそっぽ向いてしまった。

 その態度にさらにムカッとするリン。

 だが、それ以上は何も言わなかった。

「ソフィアちゃんはお家にいるの?」

 話題を変えるべく、メロディーがそう尋ねた。

「あいつは……どうせ山にでも行ってるんじゃないですかね」

 新人のことは言うべきか一瞬迷ったが、やめた。

 深く話すつもりはなかった。

「山? 山で何をするの?」

「修行……と、本人は言っていますけど」

「そうなんだ! えらいね、ソフィアちゃん!」

 本当のところどうなのかわからないが、疑うのも何だかソフィアのやる気に水を差しそうな気がして、信じることにしている。

「リン君は一緒に行かないの?」

「俺は……」

 メロディーに言われて気がついた。

 そういえば、行ったことがない。

「家事とかしなきゃいけないし……」

 半分本当で、半分言い訳のようだった。

「教えてあげたりしないんだ?」

「俺が教えなくても、あいつは」

 そこまで言って、止まってしまった。

 おっちょこちょいでドジなところもあるが、ソフィアはいつの間にか成長していた。

 家の前で一緒に訓練と称して勝負したりした時期もあったが、いつの間にかそれもしなくなっていた。

 ソフィアは戦う術をリンと出会う前から仕込まれていたし、あとは経験を積むだけだった。

 ――あれ? もしかして、俺って……

「リン様。余計なことは考えない方がいいわ」

 イオンの言葉に我に返る。

「あなたはそれでいいの。そのままでいいのよ。あの子には支えが必要よ」

「……」

 一瞬、嫌な考えが頭をよぎってしまった。

「あなたにだって目標があるでしょう。達成すれば間違いなくそれは、あなたの評価にも繋がる。そのことだけを考えて。――あなたも余計なことを言わないでくれるかしら。案外惑わされて追い詰めてしまうタイプなんだから」

「ご、ごめんなさい……」

 ジッと地面を見つめ、何も言わなくなってしまったリン。

 不機嫌さが増すイオン。

 ――本当に余計なことを言ってしまったらしい。

 メロディーはどうしたものかと、空を仰いだのだった。

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