mission16

 後日、ミリアルの所へ報告に行ったけど、ミリアルは「お疲れ様」といつもの調子で言い、特にそれ以上のことは何も言わなかった。

 これは果たして、成功したと言うのだろうか。

 腑に落ちないまま帰ろうとしたときだった。

 ミリアルの書斎から出たところで、女性の悲鳴と何かが割れる音が聞こえてきた。

 振り向くと、ミリアルの家に仕えるメイドのマリーが、カップを割ったようであたふたしていた。

「大丈夫!?」

 あたしが慌てて駆け寄る一方で、先輩は「またか……」と、ため息をついていた。

「すみません! すみません! すぐに片付けます!」

「あー! ダメダメ! 触ったら怪我するよ!」

 破片を拾うとする手を、あたしはつかむ。

 あたしにだってそのくらいわかる。

 マリーだってそんなことわかっているはずなのに、すっかり冷静さを欠いてしまっている。

 先輩が「またか」と言ったように、このマリーはすごくドジで、割れ物を割るのは日常茶飯事と言ってもいいくらいだ。

 あたしもビックリなドジっぷりだ。

 悪い人じゃあないんだけど、いつもおどおどしている。

 ミリアルがどうしてこんなメイドを、しかも一人だけ置いているのかは謎だ。

 そもそも、こんな大きなお屋敷なのに、使用人の数は少ないのも謎。

「ソフィア、そいつの手をそのまま離すな。後片付けは俺がする」

「い、いけません! お客様にそんな」

「うるさい。だったら箒とちりとりぐらい取ってこい」

「は、はいぃぃ!」

 鬼か……

 あたしならともかく、他の女の子にまで厳しい……

 マリーはあたしの手を振り払い、飛んでいくように行ってしまった。

 途中、転んでいたけど。

「どうしたの? 騒がしいね」

 書斎からミリアルが出てくる。

「ミリアル。マリーがカップを割っちゃったんだ。足下、気をつけて」

「あらら。また派手にやったねぇ」

 使用人のミスだというのに呑気なものだ。

 カーペットだって汚れてしまったのに。

「お前……なぜあんな使えないメイドを雇った。あいつがここへ来てから一体いくつ物を割っていると」

 確かに。

 よくここへ来るけど、絶対何かやらかしているよね。

「うーん。だって可哀想じゃん」

「……はい?」

 何が? と、首を傾げるが、ああなるほど。

 ドジなあまり、どこも雇ってくれないんだね。

「いい年だし、ドジだし……すぐにクビになってしまうからねぇ。このままだと行く宛もないだろうと、雇ってあげたんだ。悪いところばかりじゃないよ」

 いくら何でも寛大すぎるよね、こいつ。

 誰だってアレはクビにするよ……

「だってね、彼女の淹れる紅茶はとても美味しいんだ」

「わかる!」

 あたしはすぐに同意した。

 思ってたんだよ、あたしも。

 何度も熱湯をぶっかけられたけど、でも、マリーの淹れるお茶は美味しい!

「可哀想だけが雇った理由じゃないよ。誰にだって長所はあるからね。それをいかに見抜いてあげるかだよ、リン君」

 ニコリと微笑むミリアルに対して、先輩は何も言い返さなかった。

「お、お待たせしましたぁ!」

 そこへ、色々と道具を持ったマリーが走って戻ってくる。 

 あ、嫌な予感。

「マリー、走らなくていいよ! 落ち着いて」

 あたしと同じことを思ったのか、ミリアルがそう声をかけた。

「はうあっ!? だだだ、旦那様っ……!?」

 だが、逆効果だったらしい。

「も、申し訳ございません! また私のドジのせいでカップを割ってしまいました……! すぐに片付けますのでぇっ!?」

「マリー!?」

 案の定、彼女はつまづいた。

 飛んで来た箒やた何やらは、あたしがキャッチした。

 下手したら窓にぶつかってもっと悲惨になるとこだったので、必死で受け止めた。

 問題はマリー。

 真っ直ぐ先輩のほうへと突っ込んでいく形となったが、先輩の後ろには割れたガラスの破片ががあるので、避けることもできない。

 先輩は彼女を抱き止め、そのせいで尻餅をついた。

「お前……」

「わーっ!? ごめんなさい、ごめんなさいぃ!!」

 呆れる先輩を前に、マリーはすぐに土下座をした。

「何回転んだら気が済むんだ……全く……」

 大きなため息をつき、立ち上がろうとした先輩の手を、ミリアルがつかんだ。

「……え?」

 突然のことにポカンとする先輩。

 あたしはそのつかまれた手を見て、ギョッとした。

「きゃ……きゃああぁぁっ!?」

 マリーも悲鳴をあげる。

 無理もない。

 ものすごい勢いで、先輩の手から血が流れ出しているからね。

「うわ!? 全く気がつかなかった……」

「さっきマリーを庇ったときに、硝子で切ったんだろうね。これで押さえて」

 ミリアルがハンカチで流れ出る血を押さえる。

「え、ちょ……いいって。汚れる」

「硝子が入っていないか心配だな。マリー、医者を呼んでくれるかい」

「い、医者!?」

 大げさとでも言いたいのか、先輩が驚いた声を上げる。

マリーは「かしこまりましたぁ!!」と、泣きながらまた飛んでいった。

「ソフィアちゃん、悪いけど他の使用人を呼んできてくれないかな。救急箱を持って来させてほしいんだ」

「わかった!」

 あたしも走って、この家で働く執事さんを探しに行った。

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