disguise19

 色々なことが起きすぎて、あたしの頭は追いついていなかった。

 とにかく今は、脅威が去ってくれたことにホッとしている。

 でも、そうでない人もいた。

 ゴトッと、鈍い音がした。

 呆然と突っ立っている先輩が、床に銃を落とした音だった。

「先輩……」

 なんと声を掛ければいいのか。

 わからなかったけれど、誰かが寄り添ってあげなければ、消えてなくなってしまいそう。

 そな気がした。

 だが、あたしよりもユーリさんが怒りに満ちた足取りで、先輩に近づいていった。

 そして。

「――なぜ撃たなかった!」

 怒鳴りつけ、平手打ちを食らわせた。

 え? え!?

 ユ、ユーリさん、何もそこまで……

「あの新人のことも、ソフィア様の身を危険にさらしたのも……全てお前の監督不行き届きです。私はお前をそんな愚か者に育てた覚えはない」

 先輩は黙ってうつむいている。

 何も言わない。

 その表情も見えない。

「お前の取った行動は、あまりにも軽率で、浅はかだ。我々の努力を無駄にする気ですか。さぞ六代目はお悲しみになられるでしょうね」

 吐き捨てるように言い、ユーリさんは先輩から離れた。

 そんな彼と入れ替わるように、ミリアルがあたしの背後から出てきて、立ちすくむ先輩のもとへと駆け寄った。

 その様子を見て、やれやれと、ユーリさんはため息をついた。

「全く……お前はその方の力添えもあって、今ここにいられるというのに、それすらも無駄にしようとした。あと、あの情報屋のことも」

 おばあちゃんに、ミリアル。それにイオン?

 一体何のことを言っているのだろう……?

「次、同じ事をしたら、ぶつだけでは済みませんからね。覚えておきなさい」

 最後にそう言って、彼はあたしを見た。

「ソフィア様、見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません。私は先に失礼させていただきます」

 恭しく、ユーリさんはあたしに頭を下げる。

「あの愚かな新人は、私が連れて帰ります。教育が行き届いていなかったようで、大変失礼いたしました。六代目も一体何をお考えなのか……」

 深いため息をつくユーリさん。

 あたしが知らないだけで、沢山困らされているんだろうな……

「あ、あたしにもおばあちゃんの考えていることはよくわかんないや……ごめんね、なんか……」

「お気遣いありがとうございます。ソフィア様はとてもご立派になられましたね。的確な判断を下されるので、感心いたしました」

 褒められて、悪い気はしなかった。

「いつか、あなた様が八代目になられることを楽しみにしております」

 本心から言っているのか、ただのお世辞か。

 わからないけれど、そのユーリさんの一言が、あたしに緊張感のようなものを与えた。

 あたしが、八代目……

「では、私はこれにて。――さぁ、行きますよ」

 ユーリさんに声をかけられ、アビーがとぼとぼと後についていった。

 最後まで、彼女は目を合わせてくれなかった。

「ソフィアちゃん、私たちもそろそろ行くね……。助けようとしてくれてありがとう」

 ユーリさんが行ってすぐ、メロディーおねーさんが声を掛けてきた。

「その……リン君大丈夫かな? また元気になったら、顔見せてねって言っておいてくれる?」

 おねーさんは、先輩のことを心配してくれているようだった。

「うん、ありがとう。おねーさん。ウィリアムも。巻き込んじゃってごめんなさい」

「君が謝ることじゃあないでしょう。ホワイトが絡めばこうなるんです。ああ、忌々しい。まさか持って行かれるとは」

 ウィリアムは心底悔しそうだった。

「私が悪いのよ。そう言わないで。――ホラ! 反省会は後! 行くわよ!」

 おねーさんはウィリアムの背中を押して、窓に向かって行った。

「ソフィアちゃん。君たちのやり方にどうこう言うつもりはありませんが、もっと慎重に行動したほうがいいですよ」

 それは、先輩に対して言っているのか――。

 あたしはウィリアムの言葉を重く受け止め、頷いた。

「じゃ……またね」

 二人は窓から外へと出て行った。

 数分前までは沢山人がいたこの部屋も、今ではこの有様だ。

 あたし、先輩、ミリアルの三人しかいない。

 ミリアルはずっと先輩に優しく話しかけているが、先輩は微動だにしない。

 ルイは、確実に先輩の“何か”を知っている。

 それは、触れられたくないことなんだろう。

 互いに干渉しないというのが、先輩との約束だ。

 あたしは何も知らない。

 でも、その“何か”が、これから起きることに繋がる――。

 そんな気がしてならなかった。

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