【二十四】荒川戦線 其の三


 ジュウロウは血糊のついた金属バットを投げ捨てた。トウマの左側に寄ると、腕を担いで立ち上がらせる。ちらりとキョウコたちの方を見る。こちらに気がついた様子は無い。ジュウロウはそれらに背を向け、公園脇に立ち並ぶ林の方へと向かう。


「なんでお前戻ってきたんだよ?!」

「うるさい!」


 小声で言い合う。掴んだトウマの手首をジュウロウはきつく握り締める。ジュウロウも論理的では無いと思っている。だが親友が傷つき戦っているのに、それに甘えて逃げることは出来なかった。それが自分の為だというのなら尚更だ。ジュウロウも、ジュウロウの中のマウアも叫んでいる。くそったれと。


 公園を出て、林に入ろうとした時。ジュウロウは気配を察して、トウマごと地面へと伏せた。その直上を光の杭が通過していく。光の杭は林の中へと飛んで行き、中心辺りで爆発した。木々が折れ、燃え上がる。


「やってくれたな」


 振り返れば『虎』がゆっくりと歩いてくるのが見えた。耳と口元から血を流している。その左目は血走っていて、ぎらりとジュウロウたちを睨みつけてくる。


「殺すつもりで殴ったんだけどな」


 ジュウロウは金属バットで殴った時の感触を思い出し、ははっと震えて笑った。今思えばトドメを刺すべきだった。だが人殺しなど、出来るのか。ゲームやドラマでは無いのだ。無意識に忌避してしまったのだと、ジュウロウは感じていた。覚悟が足りない。


「ジュウロウ! 先に逃げ……って、うおい!」


 トウマが高周波ブレードを構えようとするのを、ジュウロウは横から抱え上げた。俵を抱え上げる様に右肩にトウマを積むと、そのまま一目算に林の中へと逃げ込む。ジュウロウの中のマウアが喜ぶ。ああ、良い。体力や運動神経があるというのは!


 林の中は真っ暗だった。しかしジュウロウがその異能力を発動する。「遠見」による視界は、まるで昼間のようにクリアになった。担いだトウマを枝にぶつけることなく、足元の木の根にも躓かず、まるで百メートル走をするかの様に林の中を疾走する。


「逃がすかよ!」


 『虎』は激情に駆られていたのかも知れない。林には入らず、光の杭を生み出しては次々と打ち込んできた。林のあちこちで爆発が生まれる。それほど広い林では無い。あっという間に林全体が火の包まれていく。


「くそ!」


 ジュウロウは足を止めた。火に包まれた倒木が行く手を遮る。回り込もうとするが、光の杭が地面を抉り、その爆風に吹き飛ばされた。二人は縺れ合い、木の根元に叩きつけられる。


「痛たた、大丈夫か?」


 気がつくと、トウマの眼前にジュウロウの顔があった。鼻が擦り合うほどの距離。トウマの上にジュウロウが覆い被さっている。その顔は赤い。トウマが目を開けたのに気がつき、上体を上げようとしたが、トウマの手がそれを阻む。二の腕を掴んでいた。


「お前、なんで逃げなかったんだよ」


 トウマの眉間に皺が寄っている。怒っている顔だった。するとジュウロウも唇を強く噛み締める。至近距離で睨み合う。


「負けそうだったろ。そこは感謝して欲しいね」

「お前を逃がす為に戦ってるんだろが」

「オレは男だよ。いつまでも守られる立場じゃないっての」


 ジュウロウが親指で自らを指し示す。トウマは目を丸くし、そしてややしてから大きな溜息をついた。


「……お前、ホントに『マウア』なんだな」

「そうだよ、レイリー」


 困った顔をしたトウマが、ジュウロウの二の腕を掴んでいた手を離す。すると突然光が生まれた。二の腕と手の間に光が溢れ、そしてまるでジュウロウの中から引き抜くように、光の塊が生まれ出てきた。二人の視線が呆然と注がれる中、その光の塊は直線的な銃身を持った拳銃の形へと変化していく。

 その銃把には「XX」の刻印がしてあった。





  —— ※ —— ※ ——





「ちっ、やり過ぎたか」


 最後の光の杭を撃ち込んでから、『虎』は口元の血を拭った。林の中で爆発が起きる。火は既に林全体に回っていた。ぱちぱちと火の爆ぜる音がして、火の粉が薄い星空へと舞い上がる。ついカッとなって派手にやらかしすぎたか。トウマの方に集中していたから、金属バットはまともに食らってしまった。頭の中がまだガンガンする。


 土手の方を見ると、人影らしきものが幾つか見えた。野次馬か。多少のことは世界の修正力で適当に修正されるが、あまりその振り幅が大きいと厄介なことになりかねない。そろそろ決着をつけるべきだった。


「ん?」


 『虎』は視線を下ろし、目を凝らした。火の包まれる林の中。その中に、点のように輝く青い光が見えたのだ。





  —— ※ —— ※ ——





 トウマは、銃把に「XX」と刻まれた拳銃を構えていた。電磁投射式のその銃口から青い光が漏れる。自動敵に銃身が伸びる。その銃口が向いている先は、林の外。そこには『虎』がいるはずだ。暗闇と炎の光が折り重なる先には、トウマの視界では何も見えない。


 だが。ジュウロウは別だった。その瞳は輝き、周囲の状況を見透している。その「視野」を、トウマの瞳に重ねる。するりとトウマにも見えた。林の外に立つ、金髪の男の姿が。


「……!」


 トウマはトリガーを引いた。ガツンという反動と共に銃身が跳ね上がる。銃口から放たれた銃弾は、通常の拳銃弾の約二十倍の速度で飛翔——つまり、発射とほぼ同時に林の外の目標を射貫いた。


 『虎』は、何かが放たれたことは認知していた。不可視の防壁バリアも展開していた。ホムラ——実際にはユジェリの変装だったが——の炎弾を防ぎ切った防壁である。『虎』の名前は第二次世界大戦時に重火力重装甲を誇った独逸・ティーガー戦車に由来する。現用戦車と正面切って殴り合いが出来る火力と不可視の装甲。それが『虎』の能力だ。こと正面からの火力戦であれば、シニステルの最高戦力「四天八部衆」にも匹敵する。


 だが。銃弾はその防壁を貫通し、そして『虎』の眉間を穿った。第二射は無い。必要なかった。燃え盛る炎の光に照らされながら、ゆっくりとその身体は倒れる。『虎』の意識は、もう既に途切れていた。



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