【十四】相思そうあい



 ——未来は突然、終わりを告げた。



 西暦に換算すると二千五百年。世界は緩やかな統合政体の元、長く平和な時代を享受していた。人類の生存圏は木星圏、活動圏は冥王星圏にまで広がり、他恒星系への進出も視野に入りつつあった。


 しかし『シニステル』と呼ばれる秘密結社の暗躍によって、世界は急速に混迷していく。テロによる要人暗殺、紛争の勃発、経済の不安定化、そして飢餓——。


 正体不明の秘密結社に対し、一部の人々は自衛組織『デキステル』を組織する。両者の抗争は表舞台や水面下を問わず、次第に激しさを増していった。


 その抗争は、呆気なく決着した。突如、衛星軌道上に出現した小惑星の落下により、統合政体の首都が壊滅したのだ。クリスタルタワーを擁した中央都市は勿論、周囲の外輪山ごと纏めて消失した。地殻が割れ、ひび割れた大地から溶岩が溢れ出す。衝突の爆煙は大気層に広がり、星の環境すら変容させていく。


 『デキステル』の構成員もその多くが死亡した。だが、その一部は過去へと「転生」することになる。彼らは前世の記憶を取り戻すと、一人まだ一人と集まっていった。やがてそれは多国籍企業「デキステル」を作り上げた。その目的は「小惑星落下の阻止」。つまり歴史の改変だ。





  —— ※ —— ※ ——





 夕陽が辺りを照らしている。マンションの影から出ると、赤い光がトウマの顔を照らした。顔をしかめる。夕陽とはいえ夏である。その光は強く感じる。汗も垂れる。微かに吹いてくるビル風が、ちょっとだけ涼を運んでくる。


 マンション前の道路は二車線であるが幅広い。歩道も三人ぐらい横に並んでも大丈夫なぐらいあり、更に街路樹が植えられている。トウマとヒメは並んで歩いていく。その少し後ろを、先程合流したホムラがついてきている。護衛だ。三人の行き先は近くのスーパーだ。


 今日は先程のマンションの一室に一泊することになった。あんな剣呑な連中に狙われた状態では家に帰れない。マジで殺されかねない。警察を頼ろうかとも考えた。しかしスマホでネットニュースを見て驚いた。あの校長室を破壊した爆発が、ガス爆発事故として地方ニュースに掲載されていた。屋上の件に至ってはニュースにすらなっていない。


 『異能力での事象は、世界の復元力によって修正される』。つまり一般人にとって、異能力は無いものとして修正されてしまうのだ。警察は頼れない。無論親に話しても無駄だろう。頼れるのは同じ転生能力者だけだ。


 とりあえず親には電話して、友達の家に泊まるということにしておいた。ヒメの母親は心配したが、トウマが一緒であるというとしぶしぶだが許可を出した。どうやらヒメの親に対するトウマの点数は高いらしい。ちょっと嬉しい。


 あとジュウロウからも電話が掛かってきた。二人とも教室に鞄が置きっぱなしだと言われた。そういえばそうだった。トウマはジュウロウに回収をお願いした。


「さて、トウマは何が食べたい?」


 スーパーに入るとヒメが聞いてくる。トウマは荷物持ちだ。カートにカゴを載せ、ヒメの後に付いていく。果物、野菜、角を曲がって魚、肉と売場が連なっている。


「肉じゃがかなー」

「なんかちょっとおっさんぽくない?」

「失礼な」


 トウマが憤慨する。肉じゃが、いいじゃないか。肉も芋も食えるし、何より優しい味だ。若いからといって刺激的なファストフードばっかり食べてちゃいかんよ君。「はいはい」と言いながら、ヒメが食材をカゴに入れていく。じゃがいもが二種類あって、ヒメは袋に書かれている文言を読んでから片方を選んだ。トウマには違いがさっぱり分からない。


 マンションのキッチンには最低限の調理用具があった。炊飯器は無かったがレンジもある。キョウコは常備されていたカップ麺での夕食を提案したが、ヒメが却下した。


 男女の二人が制服で買物をしている。結構目立つなーと、トウマは思わず周囲を見回した。周りはやはり主婦が多いが、男性もそこそこ見受けられる。会社帰りだろうか? お菓子コーナーには子供の姿もある。夕刻である。やはりお客は多かった。トウマとヒメが特段注目される様子はなかった。


 そういえば、ヒメと出掛ける事はそれなりあったが、スーパーに来たのは初めてかもしれない。そりゃそうか。学生が遊びに行くのにスーパーへ行くヤツはいない。でも、まあ、いいね。トウマはちょっと紅潮していた。映画館やショッピングモールに行くのとは違う新鮮さを感じる。


 トウマが視線を前に向けると、ヒメの後ろ姿が目に入る。先程はばらけていた黒髪は、今はまた後ろで束ねられている。ヒメが左右の棚を見るのに首を動かす度に、その束が揺れる。ふわりとラベンダーが香る。


 ふと、前世の夢が思い出される。そうだ、ラベンダーの香りだ。それはマウアの香りと一緒だった。なんで今まで忘れていたんだろう。一度思い出してしまうと、今までの夢の全てがその香りで色づいていく。夢の解像度が上がり、記憶へと近づいていく。


 ヒメの前世はマウアだった。運命を感じるのと同時に、レイリーは前世の自分なのだとより強く実感することにも繋がった。


 トウマはヒメのことが気になっていた。小学校以来の付き合いである。高校ではトウマがサッカー部に入部すると、ヒメはマネージャーとして入ってきた。自惚れていえば、ヒメも自分のことが好きなんじゃ無いかと思っていた。そしてそれは昼間、確認された。


 つまり転生しても、また同じ人を好きになっていたのだ。お互いに。





  —— ※ —— ※ ——





「一昨日といい、簡単に市内に入り込まれるなんて、ちょっと油断してるんじゃないのか?」


 スーパーの前。道路のガードレールに腰掛けて、ホムラはスマホを水平に持って口元に当てていた。耳にはイヤフォンが入っている。どこかに電話をしていた。


 袋を下げた客たちがスーパーから出てくる。客たちの多くは、派手な色遣いのホムラを一瞥はするが、そのまま何事もない様に過ぎ去っていく。


『連中、うまく警戒網の隙を突いてきている。情報が漏れているのかも知れんな』


 イヤフォンから響いてくるのは女性の声だった。少し嗄れた感じがするが、年老いているという感じでは無い。ホムラは知っている。相手は空調の効いた部屋から出てこない女だ。きっと空気が乾燥しているのだろう。


「その可能性は高いぜ。タイミングが良すぎる」


 ホムラは目を細める。基本、このさきたま市は『デキステル』のお膝元だ。そう簡単に敵が入ってこない様に警戒網は構築している。それなのにヒメの誘拐未遂事件と今日の高校襲撃と、二度立て続けに突破されている。何よりも、侵入を察知出来ていないというのが問題だ。他の作戦に人員を割かれているという事情もあるが、それにしても今の状況はザル過ぎる。


こちら・・・の動きも、漏れていると見るべきか』


 前世の記憶によれば、小惑星落下は五百年後だ。だが過去——今の我々にとっては現在だが——に転生したりには意味がある、と考えている。その証拠に、シニステルが世界各地で動きを強めている。恐らくは、小惑星落下に関する何か重要なことが、今、起きようとしているのだ。


 通話先の女性はデキステルの統括官ケレブルム。端的に言えば指揮官である。彼女たちの元には多種多様な情報が集まり、そして判断を下す。ホムラは執行官マヌス、つまりは現場での実行役だ。両者は頭と手の関係にある。ホムラには伝えられていないが、統括官のレベルでは小惑星落下に関する相当正確な情報が共有されている、はずだ。


 ホムラの立場から見ても、今年の春から色々なことが起き始めている。そしてここ数日の事件。ホムラの直感が、近日中にデカいことが起きると告げていた。


「とりあえず二人はこちらで護衛する。出来れば増援が欲しいが」

『あら? 貴方が随分弱気だな』

「茶化すなよ。オレと一緒に合衆国に行った連中は、まだ戻ってないのかよ?』

『まだ戻ってないわね。というか、アンタが早く戻り過ぎなのよ。ちゃんと仕事してきたんでしょうね?』

「当たり前だろが。オレを誰だと思ってやがる」

『ならいいんだけど。報告書はきちんと上げてね』

「げ」


 ホムラは渋い顔をする。そういえば報告書はまだ入力していなかった。スマホで出来るが、あれ面倒臭いんだよな……。機密保持の為という理由で音声入力が不可なのだ。ホムラはスマホの操作は文字入力も含めて音声入力で済ませているので、逆に手入力は苦手だった。


『ところでマウア、いえ佐倉ヒメの方はどう?』

「レイリーと接触して、随分前世の記憶は取り戻しているが……肝心のデータはまだだな」

『マウアが研究していた小惑星落下のデータ。それが無いと始まらないわ』

「分かってるさ。」


 ホムラは空を見上げた。そこには夕闇が降り始めている。首筋に汗が伝わる。よるが底まで近づいても、暑さはそのままだ。今夜も熱帯夜だな。そう思うと、ホムラは少しげんなりとした。


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