【十五】リビングにて
「お、美味いなあ! ヒメちゃん、いい嫁さんなるぜ」
赤いシャツを着たチンピラ風の男が膝を叩きながら、器に盛られた肉じゃがに舌鼓を打つ。その褒め言葉にヒメは少し恥ずかしそうに頭を搔く。
リビングには思わず吸い込みたくなるような、優しい匂いが漂っている。胡座を掻いて座っている赤シャツの男、ホムラは箸で丁寧にジャガイモを割り、口に運んではまた「美味い!」と言う。見た目に反して所作が丁寧な男である。意外と良いトコの坊ちゃまなのだろうか。そう思いながら、トウマも食を進める。
肉じゃが、ほうれん草のおひたし、豆腐とワカメの味噌汁、そして御飯。器はある物で間に合わせたのでバラバラ。御飯も炊飯器が無いのでレンジでチンするヤツである。だがそれ以外はヒメのお手製である。それをトウマたち四人で取り囲んで食べている。
「ホムラもこれぐらい料理できたらなあ。アタシも苦労せんのやけど」
キョウコは、流石に食事中とあって野球帽を脱いでいる。ホムラの隣で御飯を食らいながら、肘でホムラを突く。こちらは豪快であるが、品が無いというワケでも無い。
「うっせい。お前だって料理ヘタだろうが」
「アタシはキャンプ飯ぐらいはやれるで。ホムラはカレーすら作れんからなあ」
「ぐぬぬ」
「ま、まあまあ。人には得手不得手がありますし」
睨み合う二人をヒメが取りなす。その隣で、料理をしたこともないトウマは黙々と食を進める。うん。美味い。こう、なんだろう。食べ慣れた、安心する味だ。おひたしの塩っぱさも心地良い。あっという間に平らげてしまう。
食器の後片付けはトウマが自ら名乗り出た。ヒメがやると言ったが、さすがにそれは頼りすぎだと思った。食わせてもらったら、後片付けぐらいしないとね。キッチンの広々としたシンクで、食器を洗っていく。なんとディスポーザーなるものがついている。排水口に生ゴミを流し込むと粉砕して、そのまま管を伝って集約・廃棄してくれる設備である。ちょっと使ってみたかったが、全員完食だった。残念だ。
隣にはヒメが立っている。洗った皿を拭くつもりだ。トウマは全部やるよと言おうとしたが、何となく空気を察して、洗い終わった平たい皿をヒメに手渡す。それを布巾でゆっくりと水気を拭っていく。
「……トウマは、何か思い出した?」
ヒメが拭き終わった皿を戸棚に戻しながら聞いてくる。それは何か。それは前世の記憶、取り立てて小惑星落下に関する記憶だ。
「いや、何も」
夢を介して思い出すことが多いということで、トウマは食事の前、ヒメが料理する間に仮眠を取った。しかし思い出したのは、小惑星落下でオレたちが全滅した記憶だけだった。思わず身震いして、洗っていた小皿を落としそうになる。その夢は何の予兆も無く、熱風に煽られた次の瞬間にぶつりと壊れた映写機の様に全てが終わった。そこにドラマは何も無い。近くにいたはずのマウアやユニファウの、悲鳴すら聞こえなかった。ぶつり。それだけである。
—— ※ —— ※ ——
『シニステルの手口はこうだ。真っ当に小惑星を落とそうとしてもオレらに阻止される。だから』
トウマとヒメは、夕食前にホムラから説明を受けていた。テーブルの上には二つのマグカップが置いてある。
『現在の小惑星と未来の小惑星を、時間を越えて入れ替える。その時
『そんなこと、小惑星を入れ替えるなんてこと出来るんですか?』
『出来る。シニステルの親玉は、歴史改変者だからな』
歴史改変者。ピンとこない。タイムトラベラー、猫型ロボットみたいなものだろうか。ホムラにはその説明も聞かされたが、トウマには良く理解出来なかった。ヒメはうんうんと頷いていた。こんなことならもっとSF小説を読んでおくべきだったか。
前世が未来というのも何か不思議な感じだ。でもチャンスでもあるワケだ。今が過去であるというのなら、『シニステル』の小惑星落としによって全滅してしまった未来を変えることも出来る。
一つ言えるのは、現在での小惑星に対する操作を阻止すれば、未来の小惑星落下は自動的に不成立になるということだ。ならオレたちに選択肢は無い。前世を、未来を変えられるというのならやるしかない。
『今世での小惑星転送の日時と場所が分かれば、殴り込んで阻止する。その情報をヒメちゃんが知っているはずなんだよ』
『私が?』
きょとんとするヒメ。
『そう。ヒメちゃんの前世、マウアはその研究をしていたんだ』
—— ※ —— ※ ——
「確かに研究者だったのは憶えてるけど、その辺りの記憶はまだ戻ってないんだよね」
ヒメがたははと笑いながらこめかみを掻く。まあそうだな。オレもマウアが研究者だっていう記憶は色々と思い出しているが、その中に小惑星に関する話をしているシーンは無い。
「なんかホムラさんとかすっごく期待しているみたいだし、責任重大だよね」
「そう気負おうなよ」
トウマはどんと、腰で隣のヒメを小突く。ちらりとヒメが振り向く。
「もしかしたらオレも憶えているかもしれないだろ? ほれ、こ、恋人同士だったし」
「あ、う、うん。そうダネ」
ヒメの白い頬が紅潮し、下を向く。しかしすぐに顔を返す。瞳と瞳が、絡み合う。
「私のこと、好き?」
「ああ、好きだよ」
トウマは声に出した。そう、好きだった。声に出したのは初めてだったかも知れない。上擦った声になるかと思ったが、想像以上据わった声でトウマは安心した。
ヒメは目を閉じた。トウマはゆっくりと、腰を曲げて顔を近づける。ヒメの、眉の毛の根元まではっきり見える。そんな距離にまで近づいて、はっと気がついた。
「や、どうぞ。オレたちのことは気になさらずに、ね」
リビングからニヤニヤとした視線を送るホムラとキョウコに気がついて、トウマとヒメは耳まで真っ赤にしながらさっと距離を取った。
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