【三十三】東京ファンタジーランド

 東京ファンタジーランドとは、東京湾に面する埋立地にあるテーマパークである。東京と銘打っているが、立地的には千葉県に属する。神は細部に宿る。園内に入れば、その細部にまで綿密に計算された演出により、まるでお伽噺の国に来たかの様な気分を味わえることで有名である。熱狂的なファンも多い。開園してから五十年は経過するが、定期的なリニューアルで今なおアトラクション業界の最先端を行く施設である。


 さきたま市の属する埼玉県から見ると東京都の反対側にあるが、鉄道での往来であればさほど苦労はない。多少時間はかかるが、JR武蔵野線に乗ればぐるりと直通で最寄り駅であるファンタジーランド駅に到着する。


 夏休みも終わりが近いとあって、高校生や中学生ぐらいの子が多く見受けられる。駅の改札を出れば、その先にファンタジーランドの入場口が見える。既に興奮度MAXになって、我先にと駆け出していく者も多い。見たところ親子連れはちょっと少なめに見える。ここ数日、残暑が本気を出したのか、最高気温の更新が続いている。小さいお子様には酷な環境だ。


「おー、結構良いなー」


 入場口を潜るとトウマが歓声を上げる。煌びやかな光の演出が彼を出迎えた。トウマはゆっくりとステンドガラスで装飾されたアーケードを歩いていく。両側にはショップが建ち並ぶ。ただの公式売店では無い。お伽噺の様な西洋の建物を模している。吊り下げられた看板もどこか古びていて雰囲気がある。


 アーケードの先には花で彩られた広場と、更にその奧にはテーマパークのシンボル、白鳥城が聳え立つ。広場に到着した観客を出迎えるのは、ファンタジーランドのメインキャラクターとも言える、猫をモチーフにしたキャラクターたちである。アトラクションはもう始まっている。日常からファンタジーへ。気がつけば、どっぷりと世界観に浸かっている。


 しかし。トウマの後ろからついてくる二人、ヒメとジュウロウは微妙な表情だった。嫌っている訳ではない。ただ、お互いの姿が視界に入ると、ふいっと気まずい感じがして視線を逸らす。地元で合流して以降、ずっとそんな感じだった。さしものファンタジーの魔法も、二人の気まずさを突破することは出来ていない。


「それじゃ、まず最初は軽くクルージングワールドに行きますか」


 お気楽にそう宣言して先に行くトウマ。その後ろを微妙に距離でついていく二人。トウマは一体何を考えているのか。何となくヒメとジュウロウの関係が微妙なのは感づいているのに、今日に限っては何のフォローもしない。そして暑い。ファンタジーの魔法が不完全なせいなのか、それともやはりファンタジーといえども物理には敵わないのか。ヒメとジュウロウには夏の日射しがより一層堪える。


 ただひたすら暑い環境がそうさせるのか、ヒメとジュウロウは段々と腹が立ってきた。まさかこのまま、ただ暑いだけの一日を過ごすのか。それは看過できない。夏休み終盤の貴重な一日。まさに砂漠での水一滴に比肩する貴重な時間である。


「さー、いくぞー!」


 先に動いたのはヒメだった。駆け出すのにローファーは最適だ。膝丈のスカートを揺らして、どんとトウマにぶつかる。蹌踉けるトウマが立ち直る隙を突いて、腕を絡める。そしてそのまま二人で並んですたすたと歩き始める。


「……あいつめ」


 ジュウロウは珍しくカチンと来た。一度だけ後ろを振り返ったヒメは、舌を出して宣戦布告をしていた。





  —— ※ —— ※ ——





 クルージングワールドは、船でファンタジー世界を一周をするアトラクションである。待ち時間は一時間。座席は二人席が十列なので、待ち列も二列だった。トウマとヒメは並んで待っていたので、船上では並んで座れる計算である。だが前の人が一人抜けたせいで、トウマとヒメは前後の席に分かれてしまった。そしてヒメの隣にはジュウロウが座り、船は出航する。


「どうしてこうなるのよ」


 気まずかったが、ヒメはあえてじとりとジュウロウを睨んだ。引いたら負けである。そんな気分が彼女を奮い立たせている。アトラクションは騒がしいのでその心配は無いと思うが、声は前席のトウマに聞こえない様にやや抑えている。


「さて。日頃の行いのせいじゃないのかな?」


 ジュウロウはちょっと可笑しくなって、ふっと笑みをこぼした。微笑ましさとざまあみろという感情の中間である。普段は感じない、一種の高揚感が込み上げてくるのを感じる。そう、サッカーでゴールを狙うときの、負けん気の強さがむくりともたげる。


「そうだな。オレたちはここに遊びに来ている」

「そうね」

「残念ながら現時点では、率直に言えば佐倉とは、心からは楽しめない」

「そうね」

「じゃあ、トウマと楽しむしかないよな」

「そうね」


 二人の間で、久しぶりに合意が形成された。非の打ち所の無い完璧な合意だった。ヒメとジュウロウは固く握手をする代わりに、きつく睨み合った。


「こら! 何なのよアンタは!」


 いつの間にか隣席の年上女性と話していたトウマは、その両耳をヒメとジュウロウに引っ張られた。





  —— ※ —— ※ ——





 猛暑のせいもあってか、各アトラクションの待ち時間は東京ファンタジーランドとしては短い方だった。園内の観客数も、心なしか少ない。トウマたちにとってはラッキーだった。


 クルージングワールドの後は人気アトラクションの一つ、スペースウォーズへ並んだ。理由は屋内アトラクションなので空調が効いているからだ。待ち時間は一時間半。景色を眺めているだけでも結構暇が潰せるので、待つのはさほど苦にならない。


 やはりヒメはトウマの腕を掴み、今度は同席できた。スペースウォーズは二人乗りのゴンドラが前後左右に動きながら、敵宇宙船を射撃するアトラクションだ。点数によっては記念品が貰える。結果はヒメが射撃音痴だった為、トウマたちはブロンズ。次のジュウロウはゴールドだった。悔しがるヒメと心なしか自慢げなジュウロウ。特に間違ってはいないが、どこか間違えている。


 昼になったのでレストランで昼食。その後は休憩を兼ねてアーケードを冷やかした。お土産はまだ買えないが、出てきた三人の頭には猫耳がついていた。


 次はトウマの希望で、トリニティーコースターへと向かう。ジェットコースターだ。待ち時間は一時間。これはヒメは断念した。高低差のある乗り物が苦手だったのだ。ぐぬぬと見つめる中、トウマとジュウロウは並んでアトラクションの中へと入っていった。


 そしてパイレーツシップ。これはヒメの希望だ。観劇系のアトラクションで主にカップルに人気だ。何故かというと、選ばれた参加者が攫われるお姫様役と取り返す提督役になるからだ。なお男同士でもやる。


 ここは念が通じたのか、見事トウマとヒメが登壇することになった。配役は逆だったが。まあそれはそれで楽しかったのか、ヒメは満足げだった。


 陽も傾いてきた。最後はジュウロウの希望でソードダンスシャドウへと入った。渡された3D立体剣で幽霊を倒しながら幽霊城を探索するというアトラクションだ。ここは五人まで同時参加できるので、三人で挑んだ。アクションはトウマとジュウロウが活躍したが、ヒメも謎解きで一行を導く。クリア時間は記録更新とはならなかったが、今日の最短記録はマークした。三人でハイタッチをして、記念写真を撮ってもらった。





  —— ※ —— ※ ——





 やがて日は暮れ。吹いてきた潮風がちょっとだけ現実を思い出させてくれる。アトラクションから、少し人が引き始める。まだ帰る時間ではない。東京ファンタジーランドの名物、パレードが始まろうとしていた。


 パレードの周回コースに人々が集まっている。完全に日が落ちると、美しく電飾で飾られたパレードが始まるのだ。



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