【三十四】生まれて初めて


 夜が舞い降り、そしてパレードが始まった。宝石の様な電飾の輝きに彩られた乗り物と、幻想世界の住人たちの列がゆっくりと進んでいく。賑やかな音楽。そして踊りやパフォーマンスが、観客を魅了する。スマホを構える人も、やがてはその幻想風景に魅了されてその手が垂れる。そんなパレードだった。


 園内にいる観客の、おそらく大半はパレードの沿道に集まっている。この隙に空いた人気アトラクションを楽しもうと、少年たちの一団が駆けていく。そのどちらかと言えば少数派にトウマたちは属していた。


 ファンタジーランドの中心。白鳥城は、西洋式の城を少しデフォルメした様なデザインをしている。縦方向に長く伸びた主棟が白鳥の首、扇形をした城壁が翼をモチーフとしている。白鳥城は主棟内がアトラクション、そして天辺が展望台となっている。


 展望台に関しては夜間のみ開放される施設である。昼間だと展望台からだと外の現実世界が見えてしまう。しかし夜ならばその光景は薄れ、街の光だけが広がっていく様に見える。まるでファンタジーランドが外へと広がっているかの様でもある。


 ちなみにここからだとパレードは絶妙に見えない。木々の下から上へと漏れる電飾の光などは確認できるが、パレードを楽しめるとは言いがたい。一時期ファンの間でパレードが上から見れると話題になったが、廃れた様だ。今展望台はトウマとヒメ、そしてジュウロウだけが専有している。


 ここに上がってきてから三人は無言だった。適度に距離を取り、眼下のパレードの残光を見つめている。パレードの音より潮風の音の方がよく聞こえる。それもまた心地よい。遊びの時間の終わりを感じさせる、良い雰囲気といえた。


 なぜトウマは、二人をファンタジーランドへ誘ったのか。ジュウロウは何となく察していた。ちらりとトウマの横顔を覗き見る。すると同時に反対側のヒメと目線が合い、ヒメは慌てて視線を逸らす。ヒメはトウマの横顔をじっと見ていた。それを見られて少し顔を赤らめつつも、ふんと鼻息を鳴らしそうな勢いだ。実に微笑ましい。


 そうなのだ。トウマは多分、オレたち三人が今どういう関係なのか確認したかったのだろう。つまり前世の記憶が微妙に三人を変えてしまって、どうなったのか。どうなるのか。その上でトウマは結論を出そうとしている。


 ジュウロウはどうなのか。それは多分変わらない。トウマのことは親友だと思っているし、向こうからもそう思われたい。この後もずっと一緒にやっていきたいし、その有り様に心地よさを感じている。たぶん親友というよりも、身内といった感じが近いと思っている。この世界が最後の時を迎える事になっても、たぶん最後まで自分と一緒に居るのはヒメとそしてトウマだろう。そんな理由も無い直感すらある。


 今ジュウロウの中にはマウアとして感情が確かに存在する。でもオレはジュウロウなのだ。マウアでは無い。


 ヒメはどうなのか。多分もっと簡単だ。ヒメはトウマが好きだし、ユニファウはレイリーが好きだった。正直にいえば、マウアはそんなユニファウが少し疎ましくもあった。でも今のトウマを支えているのはヒメなのだ。そのことにジュウロウは羨ましくもありつつ、感謝していた。


 あとは、トウマ次第だった。





  —— ※ —— ※ ——





 たぶん待っていた訳ではないだろう。パレードが終盤に差し掛かり、花火が上がった。二度、三度と大きな大輪の花が夜空に咲く。その時になって、トウマは口を開いた。


「好きだよ、ヒメ」


 細かいやり取りは不要だった。トウマは真っ直ぐヒメの瞳を見つめ、そう言った。ヒメは目を丸し、その目尻から涙が零れる。泣き声は花火の音で聞こえない。トウマはヒメに歩み寄り、ゆっくりと抱き締める。何事が喋っていたのかも知れない。しかしそれは、ジュウロウの耳には届かなかった。花火の音が、全てを掻き消していく。


 ああ、なるほど。ジュウロウは納得した。これは儀式なのだ。トウマの心の内は分からない。でもたぶん、前世ではなく今世を選択したということなのだと思う。その確認と宣誓の為に、今日ここへと来たのだ。


「おい、どうしたんだよ?」


 ヒメから離れたトウマが、少し困った顔でジュウロウに話しかける。ジュウロウはなぜ言われたのか、全く分からない。宣誓の拍手でも求められたのだろうか? ヒメもこちらをみて、ちょっと複雑な表情をしている。


「あれ?」


 ジュウロウはようやく気がついた。涙だった。右目から涙が流れて、顎先から展望台の床へと滴り落ちていた。指先で拭うが、滴り落ちる涙は止まらない。ぽたりぽたりと床に染みを作っていく。


 ふわりと、ジュウロウの身体から光が舞い上がった。黄色の光。それが、フィナーレとばかりに連弾で打ち上げられた花火の光に入り交じって天高く舞っていく。ジュウロウは胸に痛みを感じ、少し身体を曲げる。物理的な痛みではない。心の痛み。しかもジュウロウのでは無い、それはマウアの心の痛みであった。


 マウアは生まれて初めて、失恋の痛みを知った。





  —— ※ —— ※ ——





 現地時間にして九月十日。日はまだ登り始めたばかりであった。合衆国、ニューメキシコ州北部。荒野に聳える岩山、シップロックの頂上には三つの人影があった。


 一つは『幻想』のマリア。もう一つは『炎蛇』のユジェリ。二人は大きく距離を開けて相対している。もう一つの影、『氷狼』はマリアの傍に控えている。朝日に照らされた影が長く伸びていく。


 気がつくと。人影が一つ増えていた。丁度マリアとユジェリとで三角形を描く様な位置だ。そしてまた一つ、今度は四人で四角形を描く。人影は次々と現れ、様々な図形が現れては消える。最後に現れたのは、十二人目。その全員の立ち位置は真円を描いていた。


 一瞬、朝日が揺らぐ。その明滅に合わせるかのように、十二人の中心に最後の人影が現れた。それはあの中性的な笑顔を浮かべた、シニステル総帥だった。


「揃っているね、四天八部衆のみんな」

「はっ」


 十二人全員が一糸の乱れも無く、片膝を突く。シニステル総帥は満足げに頷くと、天を見上げた。そこは東から西へと、夜と昼が綺麗なグラデーションに彩られている。


「さあ行こう。世界を救いに」


 そして、一人と十二人の姿が地上から消えた。残されたのは『氷狼』のみ。十三人が消えた地面を、高くなり始めた朝日の日射しが焼いていく。『氷狼』は天を仰いだ。グラデーションは急速に青一色に染め上げられつつある。その空の先に、見えるはずの無い赤い星を、じっと見つめていた。



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