【三十五】火星へ
火星。太陽系第四惑星。地球の一つ外側を回っている赤い惑星である。金星と共に、地球に似ていると評されるが、大きさの面でいうと意外と小さい。地球に対して半径は二分の一、質量は十分の一であり、この点においては金星の方が地球に似ている。
だが自転周期や地軸の傾きに関しては地球と非常に似ており、テラフォーミング(他惑星を地球と同等の環境に改造する計画)が実施されれば、地球と同じ様に四季溢れる豊かな惑星になると見られている。
前世の記憶によれば、火星に対して二百年の年月をかけてテラフォーミングが実施され、二千五百年頃には多くの人類が定住している。火星生まれ、地球育ちなどという新たな諸問題が発生しているのも、火星にて安定した環境が構築され歴史を刻み始めた証でもある。
しかし、それは小惑星の落下という大惨事によって、恐らくは消失する運命にある。落下後にどうなったのかが分からないのは、落下後に生き延びた記憶を持つ転生者がいないからだ。現在分かっている範囲では、小惑星の質量や突入速度にもよるが、火星の地殻崩壊まで達した可能性が高い。そうなれば、長い年月をかけて火星に構築した地球化環境などは全て消し飛んでいることだろう。
「結局、どうやってそれを阻止するのさ」
トウマはハンバーガーをもしゃもしゃと咀嚼しながら聞いた。目の前には、同じく四層からなるデラックスバーガーに口をあんぐりと開けているホムラがいる。彼らがいるのは、クリスタルタワーの地上階に入っているハンバーガーショップである。ホムラとトウマ、そしてヒメとジュウロウでテーブルを囲んでいる。ジュウロウはチーズバーガーを食べている。ヒメだけが食事を遠慮してアイスコーヒーだけ注文していた。まだ十一時。店内はさほど混んでいない。
「まあ、シニステルの親玉を倒すしかないだろうなあ」
ホムラが一口飲み込んでから答える。小惑星は現代から未来に向けて時空転送、落下させられる。小惑星落下を阻止する方法は大きく分けて二種類。該当する小惑星を破壊してしまうか、未来へと転送する異能力者を倒すかだ。
小惑星の破壊は、とてもじゃないが現在の科学力では不可能である。核ミサイルで軌道を逸らすという手段も検討されたが、場所が火星ということで頓挫した。唯一、トウマの異能力で準光速弾投射砲を出現させられれば破壊出来るが、あれから何度か試したが成功していない。今のところは望み薄だ。
となると、シニステル総帥を倒すしかない。何度か行われた合衆国遠征も、それが最終目的だった。だがいずれも、総帥と接触することすら出来ずに終わっている。
だが今なら、小惑星の落下が行われる日時と場所は判明している。その場に乱入し、総帥を倒す。それが唯一の方法だ。
「でも、どうやって火星まで行くんですか?」
ヒメがちょっと控えめに聞く。ホムラも含め、デキステルの面々はまるで近所に出掛けるかの様に「火星に行って云々」と行っているので、何となく聞きそびれていたのだ。それに空気とかはどうするのだろう。将来はテラフォーミングされると言っても、今の火星には空気さえ満足にないはずなのに。宇宙服でも着るのだろうか。
「そりゃ空間転移で跳ぶから安心しろ」
「え? 火星まで跳べるんですか」
「ああ。伊達に輜重官筆頭じゃないぜ、キョウコは」
それは凄い。宇宙関係の研究者に聞かせたら狂喜乱舞する話ではないだろうか。現時点では、未だ人類は火星への有人往還にすら成功していないというのに。トウマは思う。探査機器を運んでやるだけで、すごく儲かりそうな話だ。一生食いっぱぐれの無い能力だ。羨ましい。
「それじゃ、これから?」
「ああ、今キョウコが屋上で準備している。十二時になったら、お前たちにも火星に跳んでもらうぞ」
ホムラがニヤリと笑う。今日は九月十日。落下日の前日だ。そろそろ動きがあってもいい頃合いだった。ちなみにトウマたちは戦力として呼ばれたのでは無い。ギリギリまで準光速弾投射砲の出現の可能性を模索する為である。三人とも了承済みだ。
「さて! それじゃあそろそろ行きますか」
トウマが最後に食べ終わるのを待って、ホムラは席から立ち上がった。ひょっとしたら最後の晩餐なのかも知れないが、彼にはそのつもりはない。だから軽食で済ませたのだ。
「帰ってきたら高級フレンチの店で食べ放題させてやるぜ。なに、支払はお偉方のポケットマネーだ」
—— ※ —— ※ ——
クリスタルタワーの屋上。三つあるヘリポートの一つに、キョウコが胡座を掻いて座っている。何か念じているのか、じっと目を閉じたまま動かない。ただ彼女の身体からは常時、橙色の光がゆらゆらと舞い上がっている。
「火星だと最低でも六分はかかる。今回は大勢だからもっとだな。そろそろ行けると思うが」
ホムラの言う通り、周囲にはトウマたち以外の人影があった。数えれば十一人。年齢は若い連中が多いが、人種や性別は様々である。トウマはちょっと懐かしさを感じる。いや感じたのはレイリーの方か。前世、未来の中央都市では多種多様な人種が入り交じって生活していた。今に比べれば混血も進んでいる。今までは日本支部の面子としか会ってなかったから実感が湧かなかったのかも知れない。今ようやく、前世と今とデキステルが同一の組織なんだと実感できた。
彼らの素性については事前に説明を受けている。デキステルの実行部隊、執行官のトップチーム。十二神将と呼ばれるメンバーだ。ホムラもその一人である。
「oh、アンタがトウマね。会うのを楽しみにしてたヨ」
少し訛りのある日本語で、黒人の青年が話しかけてくる。ドレッドヘアが揺れる。にっこりと笑った目の奧から、漆黒の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。高い身長が威圧的に感じられて思わずトウマは一歩後ずさるが、向こうは極めて好意的だった。手を握り、肩を優しくぽんぽんと叩く。
「アンタには世話になっタ。私の名前はオドゥオール。前世はマイケルだヨ」
「お、おう。すまん、覚えがないんだが……」
「HAHAHA、仕方が無いね。前世の私は単なる下っ端の警備員だったンだ。憶えてないのも当然だ。だが安心してくレ。今度は私が君を守るよ」
そう言って笑うと、オドゥオールはぶんぶんと握って手を上下に振る。痛い。だがあまりの上機嫌に、トウマはただ黙って作り笑いで誤魔化した。
「さテ。もうちょっと話したいところなんだガ、どうやら準備が出来たようだネ」
オドゥオールは握っていた手を離すと、トウマの肩を抱いて一緒にゆっくりと振り返る。振り返った先にはキョウコがいる。その舞い上がる光はいよいよ強さを増し、そしてその光の中でキョウコがゆっくりと目を開けた。
「お待たせしたな。みんな、準備はええか?」
キョウコの問いに、その場にいる全身が沈黙で答えた。自然と歩み寄り、キョウコを中心とした輪になる。
「それじゃいくで!」
次の瞬間。光は消え、そしてその場にいた全員の姿も消えてた。
——行き先は遠く、火星はオリュンポス山頂上。
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