【二十一】荒川戦線 其の一


「おい、ヒメ! どうした?!」


 突然の口吻に驚いて、トウマは反応が遅れた。倒れ込んできたヒメを慌てて抱き留める。軽く揺するが、反応は無い。軽いヒメの身体からだらりと力が抜け、ずり落ちないようにトウマは両腕でしっかりと抱き締める。草の匂いと、いつものラベンダーの香りが混じってふわりとトウマを包み込む。


 気を失っている?! トウマは再び土手の方を見上げる。『虎』がゆっくりと降りてくるのが見えた。彼の足元からゆらりと青い光が浮かび上がり、草むらを照らす。


「ジュウロウ。お前、異能力って使えるか?」

「使えるが……遠くの物が見える能力なんだよ」

「なるほどね」


 トウマはジュウロウにヒメを渡すと、立ち上がって土手へ向き合った。


「どうするんだ!?」

「二人を連れて、どっか逃げろ!」


 トウマが一気に駆け出す。土手の斜面を一気に登り、右手に力を込める。あの時、高校の屋上でやった時のことを思い出す。トウマの能力は物を引き寄せる能力だ。それをちょっと変化せる。見えるモノではなく、ここには無いモノを引き寄せるのだ。


 あの、世界の裏に手を滑り込ませる感覚。そう意識を集中させると、手元にふわりと青い光が溢れた。握ると確かな感触がある。光は急速に収束し、それは直刀を形作った。出来た! 高周波ブレードだ。


「おおっ!」


 トウマは『虎』との間合いを詰めると、気合いと共に高周波ブレードを横に薙いだ。ぶおんと刀身が震える。『虎』は斜面を滑り降りていたが、ブレードの軌跡に合わせて器用にバックステップして躱した。


 その『虎』の頭上に光の杭が現れる。両者は至近距離。杭が撃ち出されるのと、プレードが縦に振られるのはほぼ同時だった。重い音と共に、光の杭はくるくると回転しながら弧を描き、後方の公園の遊具の一つの上に落下して、爆発した。


「いいねえ」


 『虎』は笑った。その頭上には光の杭が三本現れていた。トウマはぎゅっと柄を握り締める。





  —— ※ —— ※ ——





 爆発は、今度は土手の真ん中辺りで起こった。ヒメを抱き上げたジュウロウが土手を見上げる。土手の中腹辺りで、トウマが爆風に煽られて真横へと転がっていく。それを追う『虎』。その頭上には光の杭が次々と現れ、トウマ目掛けて撃ち込まれる。トウマはブレードを振るい、何とか光の杭を弾く。だが、杭が落着して爆発するその余波だけで、トウマの身体はまるで紙屑の様に右に左へと揺さ振られている。劣勢だった。


「おい! お前はとっとと逃げろ!」


 戸惑うジュウロウに、横からキョウコが怒鳴った。彼女はふーふーと荒い息で肩を揺らしながら、じっと土手の方を睨んでいる。土手の上から、様子を見ていた『氷狼』と『炎蛇』がゆっくりと降りてくる。二人、二人か。


「でも、アンタは」

「十分だ! そうすれば仲間が駆け付ける。それまで死ぬ気で逃げろ!」


 歯を剥いてキョウコがジュウロウを睨み付ける。それでジュウロウは肝が据わったのか、ヒメをぎゅっと抱き締めて、土手とは反対側、川の方へ向けて走り出した。


「ったく、アタシは輜重官パッスだっていうのに、仕方あらへんな」


 キョウコはジュウロウが走り去ったのを見届けると、地面に両膝を突いた。両腕からは血が滴り落ちているが、構わず身体を後ろへと反らす。その視界の隅で『氷狼』と『炎蛇』が土手を降り切ったのが見える。二人は何やら会話を交わし、そして『氷狼』の身体がふわりと宙を舞う。なるほど、片方が追い掛けようってことやな。そうはさせるか。キョウコは限界まで身体を反らせると、叫んだ。


「ルルコ! あとは任せたで!」


 ごちん。キョウコは思いっきり、地面に向けてその額を打ち付けた。被った野球帽がその勢いで外れ飛び、ふわりと近くに落ちる。キョウコはそのまま動かない。額は地面にめり込んだまま、周囲の地面にじんわりと血が滲んできた。それを宙から見ていた『氷狼』だったが、動き出す様子も無いので再び前進を開始する。


「!?」


 その視界に何かが煌めいた。慌てて宙空で静止する。それは不可視の「線」だった。前髪がふわりと舞い、「線」に触れると同時に切断された。地面へと落ちていく髪。『氷狼』は後進するが、気がつけば周囲には無数の「線」が発生するのを感じた。その「線」に触れた箇所は悉く切断されていく。袖や肩、頬、袴、足。あっという間に『氷狼』は血飛沫に包まれ、バランスを崩してそのまま落下した。


「なるほど、空間断裂か」


 『炎蛇』のユジェリは呟いた。そしてキョウコの方に視線を移す。キョウコはゆっくりと上体を上げ、そして立ち上がりつつあった。額からは血が滴り落ちている。その血の滴を舌で受け止めて、笑った。黄色い光が全身から舞い登る。


「……アンタら、ようやってくれはりましたなあ」


 その声色は、今までのキョウコのものとは違っていた。低く、どこか薄暗い情念を感じさせる声。そしてその視線も、どこかねっとりとした湿度を感じさせるものだった。


「もしかしてお前、二重人格者か?」


 ユジュリが問う。するとキョウコ・・・・は手の火傷など意に介さず、近くに落ちている野球帽を拾い上げた。それを被ると見せかけて「線」の異能力でズタズタに切り裂く。血に染まった布切れが地面に落ちる。

「ここから先は、私がお相手するによって。とっととブブ漬け食べてお家帰りや」


 ルルコ・・・はそう言って、ニタリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る