【八】異能力

 「三角循環定義」という小説は、つまるところ前世の記憶を思い出した主人公が最愛の人を探す物語だった。そこに異能力でのバトルとか世界の危機とかのエンターテイメント要素が絡まってくる。ごくオーソドックスなライトノベルだ。もっともトウマはラノベも小説も読まないので、何が普通なのかは分からない。今時の漫画と比べると、ちょっと古い感じもする。


 小説を読み慣れないトウマにとっては、比較的平易へいいなラノベでも読み進めること自体が難しい。まともに読んでいたら日が暮れる。とりあえず筋だけでも掴めば読書感想文は書けるとばかりに斜めに読んでいく。周囲を見回しても、なかなか読書に集中出来ない生徒がちらほらと見受けられる。前の席のヒメはというと、集中しているのかその頭は微動だにしない。ページを繰る時その肩が動く。結構早いペースだ。読み慣れているらしい。


 しかし前世の記憶か。トウマにとってある意味タイムリーな内容だった。夢の中で前世の記憶を思い出していくというのは一緒だし、異能力というのも心当たりがある。まあバトルはしないが。


 ふと。トウマは机の上に目を落とす。タブレット端末用のペンシルがある。ペンシルの上に手をかざし、イメージを思い浮かべる。トウマの脳裏にペンシルが浮かび上がり、手の中に収まるイメージが組み上がっていく。


 その幻像が、硝子の様に澄んだ鈴の音の幻聴と共に結実する。トウマの宙に浮かんだ手から青い光の粒子が出現し、それと共にペンシルが浮かび上がったのだ。ペンシルは少し前後に揺れながらゆっくりと上昇し、そしてトウマのイメージ通りに手の中へと収まる。光の粒子は役目を終えたとばかりにふわりと消える。


 トウマの悩みは前世の記憶だけではなかった。それとほぼ同じ時期に出来る様になっていた「これ」にも悩んでいたのだ。なんだこれ。超能力? マジック? どちらにしても、物を引き寄せるだけの能力とは、何と地味なんだろう。


 最初、トウマは両親に相談した。実際に目の前でやって見せもした。しかし母親は涙目で「この子ったら……中二病が頭にまで……」と言うだけで、信じてもらえなかった。次の日にも訴えたが、まるで何も見なかったかの様にスルーされた。酷い親である。


 おっと。トウマは気が散っていることを自覚する。今はこんなことをしている場合では無い。読書感想文を書かないと帰れないのだった。トウマはペンシルを机の上に投げ、再び視線を本の上に落とす。その途上でヒメの後ろ姿が視界に入り、ぎょとした。


 光だ。光の粒子がヒメの身体から立ちのぼっている。それはトウマが自身から発していたあの光の粒に酷似している。違いといえば色ぐらいだ。トウマは青、ヒメのは緑だ。


「おい、ヒメ」


 トウマは思わずヒメの肩を掴んだ。ちょっと力を入れ過ぎた。


「ッ痛いってば、何?」


 ヒメが少し表情をしかめながら振り返る。その振り返った目が丸くなる。


「なにトウマ、その光」

「え?」


 その時トウマは気がついた。トウマ自身も、先程の青い光の粒子が全身にまとわり付いていることに。ヒメも自身の異常に気がついた。二人は同時に席を立ち上がり、埃を払う様に肩やスカートの裾を払う。しかし光の粒はまるで静電気で吸い寄せられるかの様に、二人から離れない。


「おーい、佐倉さくら新宮しんぐう。静かにしろー」


 教壇の後ろに座っていて担任教師が立ち上がって注意してくる。トウマとヒメは情けない顔で振り向く。静かに読書していた生徒たちが顔を上げ、立ち上がってなにやら動いている二人を見つめる。


「いや、その……なんか光が」


 どう説明したら良いものか。トウマは光の粒を払う仕草で担任教師にアピールする。しかし担任教師は目を細めて、


「なんだ? 虫でもいるのか?」


 と言った。トウマとヒメは見合わせる。見えていない? この光が? 周りの生徒たちも不思議そうな顔で二人を見ている。ヒメと仲の良い女生徒が歩み寄り「どうしたのーヒメ? 虫?」と言いながら手でヒメの制服を払っていく。ヒメにまとわり付く光の粒がその手に触れるが、女生徒は無反応だ。


「はいはいー、失礼しますよー」


 突然。教室の扉が勢い良く開き、赤い出で立ちの男が入ってきた。両手をズボンのポケットに入れ、顎を出した体勢で歩いていく。続いて野球帽を被った小柄な少女が続く。


 どう見ても学校関係者には見えない人物の闖入ちんにゅうに担任教師が声を荒げて駆け寄るが、赤い男が身分証の様なカードを見せて微笑むと、教師は何か納得した顔でその場に留まってしまった。二人は教室の窓際、つまりトウマとヒメの所にまでやってくる。


「なんだよ、あんた」


 無意識に、トウマはヒメの前に歩み出る。赤い男、どうみてもチンピラである。まさか先日ヒメを襲ったっていうヤツじゃないだろうな? トウマは、腕は下げたまま拳は握り締める。


「話があってな、ちょっとつらかしてくれ」

「一昨日来いよ」


 顔を付き合わせるトウマと赤い男。お互いの眉間に皺が寄る。譲ったのは赤い男の方だった。にやりと口角を上げると、一歩後ろに引く。そして胸を張る。


「お前も話、聞きたいだろ?」


 藍色の光の粒が舞った。トウマは目を剥く。赤い男から、トウマやヒメと同様の光の粒が出現したのだ。その勢いは、一瞬教室全体を圧する。しかし、やはり担任教師や生徒たちは無反応だ。


「……あっ」


 ヒメはと短い声を上げた。赤い男のことを思い出したのだ。名前は朱乃条あけのじょうホムラ。数日前、公園で倒れていたヒメを救助した男だった。





  —— ※ —— ※ ——





新宮しんぐうトウマと佐倉さくらヒメちゃんか。ヒメちゃんとは一昨日ぶりだな。特に身体は大丈夫か? 一応医者には診て貰ってるハズだけど」

「あ、はい! 大丈夫です。一昨日は、本当にありがとうございました!」


 書類に目を通しているホムラに、ヒメは頭を何回も下げる。ヒメにとっては恩人だ。しかも当日はお礼が言えなかったという。ようやくお礼が言えた安堵感にヒメは胸を撫で下ろす。ホムラも先程のキツイ視線はどこにいったのか、にっこにこで対応している。いつものことだが、ヒメは特に年上の男に受けがいい。トウマは面白くなかった。


 トウマたちは校舎の一階、校長室に移動していた。こぢんまりとしているが、窓を背に配置された校長の机や部屋の中央にあるソファーなどの調度品は、どことなく品が良い。壁際にはトロフィーや賞状の類が陳列されている。サッカーボールを模したトロフィーが多いのは、サッカー部がそこそこ名の知れた強豪だからだ。トウマが在籍中に獲得したものもいくつか見える。ちょっと懐かしい。


 今、室内に部屋の主はいない。トウマとヒメ、ホムラ。そしてホムラについてきた野球帽の少女、都成となりキョウコだけである。校長はホムラがカードを見せると途端に態度を下手したてに変え、要求された書類を恭しく手渡すと出て行ってしまった。ちなみに書類はトウマとヒメの個人情報だ。いいのかそれで。


「ところでさ、あんたら何者だよ?」


 トウマの、ホムラたちに対する不信感はマックスだった。


「さて、どこから説明したものか」


 ホムラは書類を校長の机の上に投げ、トウマと向き合った。その表情は、何やらニヤニヤと底意地悪く笑っている。ますますトウマは面白くない。


 ホムラはポケットから、校長や担任教師に見せたカードを取り出してトウマに見せた。黒いカードにホムラの余所行よそいきの顔写真が貼られている。


「株式会社デキステル・ジャパン……取締役?」

「学生でも、会社名ぐらいは聞いたことあるだろ?」

「そりゃあ」


 株式会社デキステル。主に半導体や量子コンピュータの開発製造で有名な多国籍企業であり、新興の財閥でもある。トウマでも知っているのは、その日本支社の本部がここ、さきたま市にあるからだ。駅前に立っている高層ビル、クリスタルタワー。あれがデキステルの日本支部だ。


 さきたま市が他の自治体に比べて裕福なのも、デキステルのお陰だ。そこかしこにデキステル寄贈の施設やら主催の組織がある。正にお膝元である。


「もしかして、あのヘンな読書感想文ってのも」

「そう、オレがお願いした・・・・・。まあその程度の発言力はあるってことさ」

「……」


 トウマは沈黙した。なんだか、こう、大人の世界の汚いところを見てしまった気分だった。というかホムラもそんなに年を取っている様には見えない。大学生か? それで取締役ってどういうことなんだよ。


「なんでそんなことしたんだよ?」

「そりゃ、お前たちみたいな転生能力者・・・・・を見つけるためさ」

「転生…」


 トウマはその言葉に思わず目を細めた。


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