【十八】夕暮れ時の
日が傾いてきた。市内どこからでも見えるクリスタルタワーも朱に染まりつつある。熱気は相変わらずだが、日向と木陰の差は急速に薄まりつつある。トウマとヒメは自販機が三台ほど並んだ小さな公園にいた。背後に巡らされたネットの向こうからは部活動の学生たちの声が響いてくる。ちょうど高校の裏手である。
今日最後の人と会ってきた帰りだった。残念ながら今日も当たり無しだ。ヒメはベンチに座ってスマホを弄っている。メッセージアプリの画面を頻繁に切り替えながら、複数の相手とメッセージのやり取りをしている。
「明日は何人ぐらいになりそう?」
「んー、六人ぐらいかな」
トウマは眉間に皺を寄せながら、ペットボトルに口をつける。スポーツ飲料だ。買ったばかりなのでまだ冷たい。しかし、ヒメの交友関係は広い。かれこれ三十人近くと会っている計算になる。これでもヒメとトウマの共通の知己という条件つきでなのだ。トウマの方はとっくに弾が切れている。
初日の時の面子は、まあ友達といって良い人が多かった。だが今日ともなると、トウマにしてみるとどこで会ったのかを思い出すのもツライ面子が多かった。明日はきっともっと酷くなるだろう。果たして、その中にユニファウがいるのだろうか。
今まで会った面子の中に紛れている可能性が高いんじゃないだろうか。トウマの眉間にますます皺が寄る。あの発光現象での確認方法は確実では無い。トウマとヒメが発光しても無視すればいいのだ。ユニファウにそうする理由があればだが……。
ヒメがスマホをバックに締まって立ち上がった。トウマもペットボトルを飲み干すと、自販機横のリサイクルボックスへと投入する。
「さて、そろそろ帰ろっか」
「おう。今日の晩飯はなにかなー?」
「んー。カレイの煮付けにしよっかなー」
「肉がいい。肉が。折角代金相手持ちなんだから、豪勢にステーキにしようぜ」
「だーめ。お肉は昨日食べたばっかりでしょ」
昨日はハンバーグだった。ヒメお手製だった。トウマは思う。アレはアレで美味しかったが、育ち盛りにはもっとタンパク質が必要だと思うのよ。牛とか豚とか鶏とかの肉という名のタンパク質が。しかしヒメは軽く一瞥しつつ、ダメと唇を動かした。
二人はぐるりと左手に高校を回り込む。サッカーコートが見える。もう部活動は終わりなのだろうか、サッカー部員たちはベンチの周辺に集まっている。何人かジャージ姿の女子生徒もいる。マネージャーだ。さきたま市立高校は県内ではサッカー強豪校なので、マネージャーの成り手も多い。
「戻りたいんじゃない?」
トウマが視線を注いでいると、ちょっと悪戯っぽくヒメが聞いてきた。途端にトウマの視線が泳ぐ。女子を凝視していた訳じゃないぞ、けして。
「いやー、今更戻る気はないよ」
今更というほど時間が経った訳ではない。つい一ヶ月前のことだ。トウマは掌を見つめる。未練が無いと言ったら嘘になるが、しかし戻る気はない。
「あ、ジュウロウ」
ヒメのちょっと不機嫌な声に、トウマは視線を戻した。ベンチに集まっていた集団から一人、サッカーユニフォームを着たサッカー部員が小走りに向かってくる。
—— ※ —— ※ ——
ヒメがベンチ際に姿を現すと、トウマは部員たちがちょっとざわめくのを感じた。ヒメがマネージャーに復帰するのでは、と期待したんだろう。しかしそれを察したヒメが「ちょっと寄っただけだから」と宣言すると、部員たちはそれぞれ上を向いたり下を向いたりして失望感を表現した。トウマは思う。あれ? オレって空気? 一応元正ゴールキーパーなんだけど。
「先輩! もしかして復帰するんですか?」
その中で一人だけ、トウマのことを笑顔で迎えてくれる人物がいた。一年生の女子マネージャーだ。ショートカットで健康的な褐色肌の子だ。名前は確か、葛城マコだったか。
「いやちゃうよ。ちょっと顔出しただけ」
「えーっ、戻りましょうよ先輩。大体なんで辞めちゃったんですか?」
マコはぐるりと、腕を絡ませてくる。汗ばんだ肌同士が密着する。トウマは少し顔を赤らめるが、マコは気にした様子も無しにぐいっと引き寄せる。そういえばスキンシップの過剰な子だった。トウマは咄嗟にヒメの方を見るが、幸いこちらは見ていない。その隙に腕を抜く。マコはぷーと頬を膨らませるが、次の瞬間にはまた笑顔に感情を転がす。
「そうだ! 今練習終わったんですけど、これからファミレスでも行きませんか?」
「あー、いや。ちょっと用事があってな」
「えー」
トウマはふと思いついて、マコの目の前に人差し指を突き出した。その先端を不思議そうに見つめるマコ。トウマが静かに念じると、指先から光の粒子がふわりと浮かび上がる。
「この光、見えるか?」
「え? 光って何ですか? えい」
マコは首を傾げ、自分の指先をトウマのそれに突きつけた。そしてニカッと笑う。宇宙人か。どうやらマコには光は見えていない様だ。もしかしたら彼女がユニファウかとも思ったが……まあ高校は一応調べたっていうしな。
「葛城いいのか? みんな片付けに行ったぞ」
気がつくとジュウロウが背後に立っていた。マコは「あっ」と短く声を発し、途端駆け出した。見ればマネージャーたちがポットやカゴを持って部活棟へ向けて歩いている。それにマコが合流し「ごめんごめん」と言う声が聞こえた。その中にはヒメも混じっていた。手伝うことにしたのだろう。
部員たちもその後に続く。ただジュウロウだけは、足元のサッカーボールを軽く蹴り上げ、それはトウマの手元に収まった。
「ちょっとだけやらないか」
「ああ」
まだ日が落ちるまでには間がある。二人は赤く染まるサッカーコートに歩いて行った。
—— ※ —— ※ ——
パサリとゴールネットが揺れる。ボールは緩く弧を描いてサッカーゴールの右上の隅を正確に突いた。五点目のゴールだ。ネットで弾かれ足元に戻ってきたボールを、トウマが蹴り出す。ペナルティエリア内でジュウロウがそれを受け取ると、軽くドリブルをしてから元の位置に戻る。
PK戦だ。勿論真剣では無い。トウマは私服なので、服が汚れる様なプレイはしないし、ジュウロウもガッツリ蹴り込んだりはしない。それでも十回中五回は止めているのだから、トウマのセーブ力はまずまずと言える。
「佐倉とは付き合い始めたのか?」
ジュウロウの質問にトウマは少し戸惑った。てっきり部活を辞めた理由を聞かれるのかと思っていた。トウマが部活を辞めた理由、それは異能力のせいだ。この物を引き寄せる異能力、これが無意識の内に発動してイカサマをしていたのではないかという疑念が、どうしても拭えなかったのだ。まあ今は、異能力発動の際には光の粒子が出るということが分かったので、少なくともサッカーでイカサマはしていないと自信を持って言えるが。
てっきりその件かと思ったら、ヒメとの交際の件と来た。親友の目から見て、女性嫌いとまでは行かなくても苦手意識のあるジュウロウからそういう話が出るとは思わなかった。
「まあ、そういうことになるな」
「そっか。まあいずれ時間の問題だとは思っていたが」
「そうなのか?!」
「そうだよ。なんだ気づいてなかったのか」
ジュウロウが苦笑する。軽く蹴ったボールが、あんぐりと口を開けているトウマの腕の中にすっぽりと収まる。いや、そんなに分かりやすかっただろうか。上手く誤魔化せていたとトウマは思っていた。
「でも、なんで今なんだろうとは思ったけどね。何かあったの?」
「うーん、それがなあ」
さて、どうしたもんか。トウマはボールをリフティングしながら考える。正直、前世がうんぬんという話は一般の人にはしない。逆の立場だったら絶対
「ジュウロウさ、前世の記憶って信じるか?」
「唐突だね」
ジュウロウはワンタッチでボールを足元に納める。少し考えるかの様に、足裏でボールを回してから、再び蹴る。
「トウマはさ、
「え?」
ボールはトウマの真横をゆっくりと通り過ぎていく。ネットを揺らし足元へとボールが戻ってくるが、トウマは呆然とジュウロウを見つめるだけだった。
「ホントは言いたくなかったんだけど、まあいつまでも隠しておけることでもないしね」
「でも、おま! 登校日のやつはどうしたんだよ!?」
「ああ、あれね。気持ちを落ち着ければ光は出ないって知っていれば、ね」
「そんな理由かよ」
トウマは赤い空を見上げる。ここ何日かの苦労は一体何なんだったのかと。しかし、何かに気づいたトウマの瞳が締まる。
「え? 待った。ということは、まさかお前、前世は
「……だから言いたくなかったんだ」
ジュウロウが視線を逸らす。心なしか頬が紅潮している。その様子にトウマは完全に思考が停止していた。なに、このガタイのいいスポーツイケメンが、前世は女? だからロンゲ? ちょっと想像が付かない。付かないというか、想像したくない。転生する時に性別が変わるってことはあるのか?
「そんなにビックリされるとちょっと傷つく。オレも飲み込めてないんだからさ」
「あ、ああ。スマン」
トウマは気まずくなって咳払いをしてから、ジュウロウの元へと歩み寄る。
「何はともあれ、これで三人揃った訳だな」
「そっか。じゃあやっぱりヒメが
「え?」
「え?」
二人の視線が交差する。
「ジュウロウ、お前……ユニファウじゃないのか?」
「オレは、
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