【十九】三人揃った
——東京、池袋。
日が没しても駅前の喧噪は変わらず、それどころか徐々に増しつつあった。城壁の様に立ち並ぶビルの屋上には据え付けられたネオンが輝き、まるで太陽の代わりとばかりに周囲を照らしている。隣接するロータリーにはバスやタクシーが、歩道には人が溢れている。歩行者用の信号が青に変わると、鳩の鳴き声を模した電子音が響いた。
その人波の中を、黒ドレスの女が歩いていく。夜だというのに黒い日傘をくるくると回し、真っ直ぐに歩いているのにも関わらず誰とも接触せず、リズム良くハイヒールがアスファルトを叩いていく。
駅前のロータリーの一角に、黒塗りのワゴンがハザードランプを灯して停車していた。後部座席の窓ガラスはスモークが貼られていて、中は見えない。黒ドレスの女がそのワゴンの横に立つと、静かに後部ドアがスライドした。女は日傘を畳み、ゆっくりと乗り込む。
「
黒いドレスの女、マリアは後部ドアが閉まってから告げた。中には後部座席に金髪の男『虎』が、そして運転席には大正袴の女『氷狼』が座っていた。
「それは良かった。また今夜も寝ずの番かと思ったぜ」
『虎』が肩を竦めてくすりと笑った。目標が見つかったらすぐに動かなければならない。都内のホテルを転々としつつ、出番を待った。正直ここ数日、睡眠不足だった。
「それでは、これから?」
「ええ。念の為、三人とも殺してもらえると有り難いわ」
『氷狼』は頷くとサイドブレーキを解除した。袖は
黒いワゴンはロータリーを抜け、タクシーやバスと並走しながら川越方面へと向かう。繁華街を抜け、左へと曲がると頭上に首都高速が載っている一般道へと変わる。青い道路標識を見ると、直進する先は川越とある。さきたま市はその途上にあった。
「でも、行くまでもないかも知れないけど」
マリアは車窓に流れる街灯を眺めながら、そう呟いた。
—— ※ —— ※ ——
「お、帰ってきたんか」
マンションの呼鈴を鳴らすと、すぐにドアは開いた。出迎えたのはキョウコだ。ドアの外側にはトウマ、ヒメ、ジュウロウの順に並んで立っている。ヒメは不機嫌顔、ジュウロウは曖昧な苦笑いを浮かべている。
「んで、ユニファウがアンタか。男とは珍しいこともあるんやなー」
「いえ。男に転生したのは、そうなんですが」
キョウコは新顔であるジュウロウに笑顔で話しかけたが、彼は否定した。「は?」と吐息を発してからキョウコはジュウロウを足下から頭上へと視線を走らせる。
「じゃあ、アンタ誰?」
「……マウアです」
「マウアは私です!」
突然ヒメが大声で主張し、びくっとキョウコが跳ねる。通り掛かった主婦が、三人の背後を擦り抜けていく。同じフロアの住人だろう。通り過ぎる時にキョウコと視線が合い、お互いにへらと笑顔を交わした。
長い昼もようやく没して、外は暗くなっていた。キョウコが在宅していたお陰で、室内は冷えている。カーテンを閉め、汗を拭い、まずはコップ一杯の水分を補給してから、四人はリビングに座った。テーブルを挟んでヒメとジュウロウ、トウマとキョウコが向かい合う形だ。ジュウロウの背後では五十インチの大型テレビがニュースを流している。昨日業者に設置してもらった。支払はホムラの所持していたブラックカードだ。
ニュースの内容は国際情勢のニュース、アメリカで発生したテロ事件の続報、南アフリカでの洪水、そして欧州戦争へと移っていく。世の中、不穏な情報に溢れている。その中でも温和なニュースは、火星大接近の件だろうか。あと一ヶ月で地球と火星が最接近すると報じている。基本、火星と地球は約二年半ごとに接近するが、その距離は定期的に変わる。特にその距離が近い時のことを大接近と呼ぶ。そんな解説も一緒に流れてくる。
しかし。そのニュースのいずれもが、トウマとキョウコの頭には入ってこなかった。何故なら、目の前でぴりぴりとした空気が渦巻いていたからだ。
「どういうことなんや、トウマ? 二人ともマウアって言うとるで」
「それがオレにもさっぱり」
トウマが頭を搔くと、ヒメから冷たい視線が注がれて思わず顔を逸らした。言外に「なんで分からないの!」と責められている感じがして、トウマは冷や汗を掻いた。
対してジュウロウは、ヒメのぴりぴりとした雰囲気に少し気圧されていた。ヒメがジュウロウに当たりが厳しいのはいつものことだが、今はいつにも増して強い。だが、自分がマウアだという主張は譲る気は無い様で、
「で、結局どちから本物で?」
「私がマウアよ」
「オレがマウアです」
「……」
といった感じだった。
「なんや困ったなー。転生者の、どちらが本物か見分ける方法なんてあるんかなー」
キョウコが目を細め、人差し指を皺の寄った眉間に突き刺しながら考えている。トウマも混乱していた。トウマから見て、二人が嘘をついている風には見えない。だから余計に分からない。
一通り、マウアに関する質問、生年月日や血液型、好物、趣味などは聞き取った。二人ともそれは正しく答えられた。
「でも、そういった情報は知り合い程度でも分かることだしなー」
「じゃあ、知り合い程度じゃ知らない情報ならええんやな」
何かを思いついた様に、キョウコが指を鳴す。そしてトウマを見る。うへへへ、と聞こえてきそうな微笑みを浮かべていて、トウマは嫌な予感がした。
「トウマ」
「な、なんでしょうか?」
「マウアのほくろの位置、憶えてるか?」
「あ、んー。まあ、でもそれが?」
無論全部は憶えていないが、そこそこ思い出せる。トウマは首を傾げる。ジュウロウは何かを察して、窓の外に視線を逸らした。カーテンが邪魔して外は見えないが。ヒメは、ややしてからその意味を察した。顔が耳まで赤くなる。
キョウコは構わず続ける。
「ほくろの位置なら、知り合い程度じゃ分からんやろ?」
「でもなー、逆に
トウマが真顔で言う。それがどういうことを意味するのか、本人は気がついていない。
「ば、馬鹿ーっ!」
ヒメの平手打ちが、トウマの頬を痛打した。
—— ※ —— ※ ——
マウア探しは一旦中止となった。キッチンではヒメが夕食を作っている。トウマは赤い紅葉に彩られた頬に手を突いて、テレビを見ている。ちょっと不貞腐れていた。ヒメにビンタされた理由が分からないのだ。ジュウロウは理由は察していたが、トウマに説明するのは躊躇って結局黙っていた。キョウコも黙っていた。面白かった。
呼鈴が鳴った。はいはいーとキョウコが立ち上がり、玄関へと向かう。
「お、遅かったな」
キョウコが玄関を開けると、そこにはホムラが居た。ホムラはぼんやりと上の方を見つめていて、ゆっくりと視線を下げる。キョウコと目が合い、口が開く。
「おう」
ホムラはキョウコの脇を擦り抜ける。赤いスニーカーは脱がない。狭い廊下に敷かれた絨毯の上を歩き、そしてリビングへと出る。
「どうしたんですか、ホムラさん? 体調でも悪いんですか?」
トウマの問いかけに、反応しなかった。怪訝そうな表情を浮かべるトウマ。何やら様子がおかしい。いつもなら周囲を油断なく見回している様な鋭い雰囲気があったが、今はそれがまるで無い。夢遊病者の様だ。
ぼんやりとした表情でホムラはゆっくりと視線を巡らす。真横のキッチンに一人、そして正面のリビングに二人。合計三人。
突然。光の粒子がリビングに溢れた。藍色の光。それはホムラから舞い上がっていた。
「三人揃ったな」
そのホムラの呟きに、感情の色は無かった。
——マンションの一室。それが爆発で吹き飛んだ。
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