【十】サッカーコートの戦い

 サッカーコートにはコート脇に設置された屋根付きベンチがある。そこには何人かのサッカー部員が集まっていた。今日も練習だった。


 彼らはコート上を歩く部外者らしき男には気がついていたが、ただぼんやりと眺めていた。関係者? 部外者? 校内に部外者が入るのは良くない。警備員か教員に報告しにいくべきだが、青いメッシュが入った金髪外人という風体である。あまりにも怪しすぎて、判断が遅れていた。


 彼らの目には、男の足元から舞い上がる光の粒子は見えない。だが頭上に出現した光の棒は見えた。光の棒? ぽかんと口を開ける部員たち。その棒はずしりと響く低音と共に撃ち出され、校舎の、丁度校長室であったところに命中し、吹き飛ばした。熱気と共にガラスやコンクリートの破片がサッカーコート上にまで降り注ぐ。


 その衝撃の影響で校舎の窓硝子にヒビが入る。振動に驚いたのか、校舎の中から悲鳴に近い声が上がってくる。逆に、サッカー部員たちは全員沈黙してしまった。あまりに常識外の事態に呆然とするしかなかったのだ。





  —— ※ —— ※ ——





 ホムラは少しだけ残っていた壁の残骸を乗り越え、外へと歩いていく。黒いジーンズのポケットに両手を突っ込み、がさがさと下草を踏む。下草はすぐに途絶え、固く踏み締められた白っぽい土になる。サッカーゴールを囲むネットはさっきの爆発によって破けている。サッカーコートの白線を大股で跨ぎ、丁度ゴールキーパーの立ち位置で止まった。


「今度は随分と派手じゃないか?」


 ホムラは気さくに話しかけつつ、しかしその眼は注意深く『ティーガー』を観察していた。東欧風の整った目鼻立ち。少しゴツいが、どちらかと言えば優男の類だ。こちらを見下した様な視線を投げて来ているが、多分ブラフだな。その表情は表面的で、真意は見えない。さっきの攻撃も、こちらを本気で殺しに来たのか。それとも。


「なに、どうせオレたちはいずれ殺し合うんだ。だったら早い方がいいと思ってな」


 『ティーガー』は歯を剥いて笑う。これは芝居だな、ホムラは看破した。だとすると何が目的だ? 陽動か?


 刹那。ホムラの目の前が真っ白に爆ぜた。爆風がサッカーコートを舐めていく。『ティーガー』の攻撃だ。光の杭が撃ち込まれ、それをホムラが防いだのだ。気がつけばホムラは藍色の光の粒子に包まれていて、それは炎へと転じていく。呆けていたサッカー部員たちも、爆風に晒されて正気に戻ったのか、荷物を抱えるのもそこそこに逃げて行く。


 爆発は更に二度、三度と続く。連続で撃ち込まれる光の杭は、しかしホムラの目の前で弾かれ、溶けるように熱気に転じて消える。その風だけが、ホムラの髪を撫でる。


 そして今度は攻撃に転じた。ホムラの炎が火球となって一直線に飛翔する。『ティーガー』が頭上から放たれた光の杭と火球が二人の丁度中間地点で交わり、爆ぜる。その爆発の煙を突き破って、新たな火球が走る。


 今度は迎撃が間に合わなかった。『ティーガー』は頭上に再び光の杭を生成したが、それが放たれるより前に、火球が『ティーガー』に命中した。どん、と一際大きな爆発音と共に周囲が炎に包まれる。


 しかし、炎が緩やかな風に吹き消されると、無傷の『ティーガー』が姿を現した。そのの周囲の地面は、外側が円形に焼けただれている。何か見えない壁によって、炎は防がれたのだ。


「へえ、やるじゃん。今の凌がれるのは久しぶりだ」


 ホムラは顎を引き、ニタリと笑った。やばい、楽しくなってきた。生かして捕らえるの無理かもしれん。『ティーガー』も不敵な笑みを浮かべている。微動だにしなかった二人が同時に一歩、歩みを進める。


 お互いの身体から光の粒子が舞い、そして一歩進む毎に激しい撃ち合いが開始された。





  —— ※ —— ※ ——





 気がつけば。トウマの頭上には青白い空が広がっていた。一気に暑さが汗となって全身から噴き出してくる。慌てて周りを見回す。ここは長方形の空間で、周囲にはフェンスが巡っている。その先には倉庫や住宅地、更にその先には高架線の鉄道やクリスタルタワーも見える。この高さ、屋上か!


 太陽がきつく輝いている。トウマは校舎の屋上に居た。よく見れば、校舎へ通じる階段のある塔屋や、排気口も所々にある。トウマだけでは無い。ヒメも、そしてあの野球帽の少女キョウコもいた。ヒメも突然のことに戸惑っているのか、トウマの傍に駆け寄ってその袖を掴む。


 キョウコだけは平然とした表情で、よっこらせと排気口を椅子代わりに座った。あちー。手で風を送る。


これは・・・アンタの仕業か?」

「そうや。あそこにおったら危ないンで、ここまで転移・・・したんよ」

「転移……異能力ってヤツか」

「まあ、そうやな。超能力、転生能力、どれでもええけど」


 どかんと大きな音がする。慌ててフェンス際に寄って下を見ると、サッカーコートで爆発が起きていた。その爆発を挟んでホムラと金髪の男が向かい合っている。お互いの距離が少しずつ詰まり、その度に爆発が起きる。


 キョウコは排気口に座ったまま、ぽちぽちとスマホを弄っている。


「荒事はホムラにまかしとき。その為の執行官マヌスや」

「一体、何なんだよこれは」


 トウマは思わず声を荒げそうになる。訳が分からない。前世の記憶のことすらまだ飲み込めていないのに、次から次へと。


「……トウマ」


 耳元に届くか細い声に、トウマは我に返る。ヒメが身体を寄せてくる。その顔は少し青ざめていた。トウマは大きく息を吸い、腹に力を込める。そうすると荒立った意識が平静を取り戻す。苛立っている場合ではない。最低限、今オレが、何をすべきか。そんなのは決まっている。


 トウマはヒメを支えるように肩に手を回し、フェンス際から離れる。細かいことは分からないが、少なくともホムラと相対している金髪男が危険だってことは分かる。姿は見せない方がいい。


都成となりさん」

「キョウコでええで」

「じゃあキョウコ。『シニステル』ってのはなのか?」

「お、話が早いやんけ! まあそういうこったな」


 キョウコはスマホから視線を上げると、目を細めた。すくりと立ち上がり、半ズボンの後ろのポケットにスマホを差し込む。


「たぶんアンタたちを殺しにきたんやで。どうやってココを嗅ぎつけたんかはよーわからんけどな」

「殺すって……どんな連中か知らんが、殺される様な恨み買った覚えはないんだけど」

「前世で恨まれてたんとちゃう?」

「前世かよ」


 トウマは顔をしかめる。前世のオレは何をやったんだ? 


「まあ暫く待っとき。下のケリがついたら、本部に連れて行ってやるさかい。そしたら詳しく説明してくれるわ」

「下って、大丈夫なのかよ?」

「あん? ああ、へーきへーき。アイツ、アレでも腕っ節だけは強いからな。負けるとか想像つかんわ」


 へらっとキョウコが笑うが、トウマやヒメはどう返していいか分からず苦笑いする。まあ確かに喧嘩慣れした風貌ではあったが、格闘家ってほどの体格はしていなかった。肉体的強さと異能力的強さは比例しないということなのだろうか。


 その。キョウコの笑顔が固まる。気がつけば、キョウコの上に影が落ちていた。ここは屋上、上に広がるのは青空のみである。その影にトウマやヒメも気がついた。三人の視線が一斉に上を向く。


 一瞬、太陽の眩しさに視界が焼かれる。トウマは空いている左手で太陽の光を遮る。すると、白く染まった視界に、人影が映った。それは宙に浮いていて、ゆっくりと降下してくる。


「あっちゃー、本当にどこから嗅ぎつけるんやか」


 それはキョウコの声だった。頬を伝う汗は、漫画的表現であればそれは冷や汗だったのだろう。表情が強張っている。三人は慌ててその場を退き、その空いた地面に音も無く、その人物は降り立った。


 若い女性だった。大正袴というヤツであろうか。青い袴に白い上着。後ろで纏めた黒髪にはかんざしが刺してある。閉じていた瞼をゆっくりと開き、美しい琥珀色の瞳でトウマからヒメ、そしてキョウコと見つめる。


「『氷狼フェンリル』。シニステルの殺し屋さんや」


 キョウコが囁く。『氷狼フェンリル』と呼ばれた女性の、その黒い皮ブーツの足元から、ゆっくりと青い光の粒子が舞い始めた。


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