【三十八】紫色の光





 そこは白い空間だった。どこまでも染み一つ無い空間に、トウマはいた。





 どうして前世が「未来」なのだろう。そう疑問に思ったことはある。だからマウアに聞いてみた。たぶんトウマが知っている人の中で、一番その辺りに詳しいと思ったからだ。


 白い空間に、ふわりとマウアが姿を現す。マウアは少し早口で詳細に説明してくれたが、だが残念ながらトウマにはそれを理解するだけの知識がなかった。マウアの説明はあまりに専門的過ぎたのだ。マウアは軽く溜息をついた。


「未来を変える為に過去にタイムトラベルするお話しはよくあるでしょ? それの転生版だと思ってもらえばいいわ」

「でも、前世のオレは死んだんだぜ。誰が転生させてくれたんだよ?」

「強いて言えば『世界』ね」

「世界?」

「大きな歴史改変には、必ず世界の揺り戻しが発生する。元の「あるべき状態」へと戻そうとね。シニステル総帥は歴史改変でフォボスを落下させた。だからその揺り戻しとして、私たちは過去へと転生したのよ。恐らくは、シニステル総帥の歴史改変を防ぐ為のカウンターとしてね」

「ふーん……」


 トウマは曖昧に頷く。良く分かるようで分からない。ただ、ふと思いついた。


「つまり歴史を操作しても、その揺り戻しとやらで元に戻されるんだろ? そしたら歴史改変ってのは意味ないんじゃないのか?」

「そうかもね」


 マウアは嬉しそうに目を細めた。


「世界の揺り戻しとやらが本当に存在するのなら、今オレたちが何もしなかったとしても歴史改変は無かったことになるんじゃないのか」

「そうね」

「だとしたら、ご苦労な話だよな。オレたちも、その総帥とやらも」


 世界は「あるべき状態」へと落ち着くのだとすれば、歴史改変なんてファンタジーなことをしでかしても結局無意味なんじゃないたろうか。少しだけシニステルの総帥とやらに同情する。


「でも、一つだけ重大な見落としがあるわ」

「どんな?」

「私たちが、世界のあるべき姿。つまり「本来の歴史」とやらを知らないことよ」

「ん?」

「例えば、私たちは「フォボスが落下するのが歴史改変の結果」だと思っているけど、本当にそうからしら? もっと以前から、歴史改変は始まっているのかも知れない。ひょっとしたらフォボス落下の方が「本来の歴史」に近いのかも知れない、とは思わない?」

「それはそれで酷い未来だけどな」

「でも可能性はあるわ。本来の歴史が今より良くって、今していることはその為に必要な道程だという可能性が」

「悪い可能性もあるけどな」

「そうね」


 マウアの微笑みが、少しだけ陰りを見せる。トウマはそれを横目で見て、でも何も言わなかった。ああ、なるほど。それが運命ってやつなのかも知れない。


 トウマは大きく一つ深呼吸をして背筋を伸ばした。凝っていたのか、こきこきと音が鳴る。


「でも結局、やるしかないんだよな」


 良く分からないが、その点は変わらなかった。もし何もしなくても世界がそれなりになって行くとしても、トウマは自分のしたいことをしたかった。でなければ、この世に生まれてきた甲斐が無い。


 トウマは改めてマウアと向き合った。その姿にノイズが走る。


「ところで、初めましてだよな? オレは新宮トウマ。君は?」

「初めまして。名前はまだないんだ。皆は私のことを総帥と呼ぶよ」


 マウアの姿が、誰のものとも似つかない中性的な人間の姿へと変わる。それはシニステル総帥と呼ばれる者の姿だった。





  —— ※ —— ※ ——





 トウマは気がついた。自分たちの足元を貫いた閃光が、外輪山の一角を山体ごと吹き飛ばした。宙に舞う無数の岩。その間を、トウマは擦り抜ける様に飛行している。その身体から放たれる光は、ヒメやトウマ、そしてキョウコも纏めて包み込んでいる。


 飛ばされていく大きな岩陰から上空へと脱し、そしてまだ残っている外輪山の上へと降りていく。全員無傷だった。四人が着地すると同時に、吹き飛ばされた岩群も次々と粉塵を上げながら地面へと転がり落ちていく。


『お前すごいな! よくアレに反応できたな』


 キョウコは素直に賞賛した。トウマ以外の誰も、あの天から降り注いだ閃光に反応出来なかった。しかもそれだけでなく三人を拾い上げ、あの破片を躱し切ったのだ。


 トウマは掌を見つめていた。淡い光は尚発露している。しかしその色は今までの青では無い。今、天を染めている紫色だった。トウマは手をぎゅっと握り締め、ははっと笑った。


『……トウマ?』

『どうやら、これが揺り戻しってやつらしいな』


 心配げに見つめてきたヒメに、トウマはその両肩に手を置いた。そしてヒメが反応する前に、そっと唇を塞いだ。目を丸くするヒメだったが、肩の力を抜き、そのまま受け入れた。数秒。トウマはヒメの頭をぼんぼんと叩くと、ゆっくりと離れた。


『トウマ、お前その光の色は……』

『ああ。ちょっと総帥とやらを倒してくるわ』


 トウマはジュウロウの肩をぽんと叩き、そしてにやっと笑った。トウマの身体がゆっくりと舞い上がり、そして一気に天空めがけて加速していった。





  —— ※ —— ※ ——





 その光はマリアも感知していた。砕け散った外輪山の一角、そこから伸びる紫色の光。それは真っ直ぐ天頂へ、総帥の下へと向かっていた。


『紫色……?』


 紫色の光は、今まで唯一シニステル総帥だけが発することの出来る光の色であった。それが今、全く別の方向から現れた。それがどういう意味を持つのか。マリアは嫌な予感を噛み締め、総帥の下へと駆け付けるべく上へとジャンプした。


 しようとした。が、殺気を感じて横へと身を躱した。さっきまでいたところを炎槍が突き抜けていく。振り返れば、ホムラが不敵な笑みを浮かべてマリアを見ていた。


『どこ行こうっていうんだよ! てめえらの相手はオレだ!』


 マリアは再び襲いかかる炎槍の対処に手一杯になり、苦々しく眉間に皺を寄せた。





  —— ※ —— ※ ——





 天空で、シニステル総帥はじっと待っていた。目を閉じ、じっと耳を澄ますように。ふと何かを感じて目を開けると、そこには紫色の光を纏ったトウマがいた。


『やっぱり、そういうことになるんだね』


 総帥はそう呟いて、ちょっと困った顔をした。


『よく分からんけどな、オレは今の世界も前世も気に入っているんだ。アンタがやろうっていうんなら、防がせてもらうぜ』

『それじゃあ仕方が無い』


 今や、二人の身体から発せられる紫色の光はほぼ互角にして、天空を染め上げようとしていた。


『殺ろうか、デキステル総帥』


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