【三十九】復元されるんだ

 トウマと総帥の戦いは、静かに始まった。両者の放つ紫色の光が、その中間地点で触れ弾ける。ばちばち、と宙空が放電する。光はその姿を粒子と波に交互に変えながら、相手側へと浸透しようとする。だが反発する磁石の様に、どちらも相手の光を侵食することは出来なかった。


 突然、トウマの右腕が斬り落とされる。それは赤い血を撒き散らしながら落下していく。総帥が振り下ろした右手から刃のような光が放たれ、右腕を斬り落としたのだ。そのモーションは誰にも見えなかった。気がつけば、もう斬り落とされていた。


 だが、トウマと総帥だけは見えていた。だから、その光刃はトウマの身体を真っ二つにしようと放たれたものだと、二人だけは知っていた。つまりあれはトウマが躱したのだ。


 総帥が身を捩る。今度は鏡写しのように、その左腕が斬り落とされた。トウマの右腕はいつの間にか元に戻っていて、その右手から光刃が放たれたのだ。だが斬り落とされた左腕は、気がつくとトウマと同じ様に元に戻っていた。総帥は戻った左手を確かめる様に握り締める。元通りだ。


『どうやら互角の様だね』

『そうみたいだな』


 二人はゆっくりと、互いに両手を伸ばした。双方の距離が縮まり、その掌同士が接する。まるで力比べをする様に指と指を絡み合わせると、紫色の光が強く輝き始めた。すると今度は二人の身体のあちこちで閃光が走り、血が撒き散らされた。頬や肩、そして足首に斬り裂かれた傷口が開いている。


 二人がお互いに力を込める度に、傷口は増えていく。しかし周囲に撒き散らされた血は霧散し、そして傷口もいつの間にかに消失していく。二つ傷口が増えれば二つ傷口が消え、三つ増えれば四つ消え。そしてついには全く無傷の二人が、宙空で力比べをしている光景だけが残された。


 トウマは総帥の手を払い退けると、少し後方に距離を取った。総帥は追い掛けてはこない。ふうと息をつく。


 全くの互角。そう見えたが、トウマは内心冷や汗をかいていた。手の甲で顎を拭う。一見互角の様だが、総帥はトウマと争いながらフォボスの時空転移にも力を注いでいるのだ。ちらりと上空を見る。フォボスの大きさは益々大きくなっている。包み込む紫光の輝きも一層力強くなっていた。恐らくあと数分で、フォボスは時空転移する。今のトウマはにはそれが直感で分かった。


『くそッ!』


 トウマはようやく、完全に後手に回っていることに気がついた。トウマと総帥は現状互角で、倒しきることは出来ない。そうなるとフォボスを破壊する為に準光速弾投射砲が必要となる。多分、今のトウマであれば未来から時空転移させることは可能だろう。しかし時間が掛かる。総帥ですらフォボスの転移にこれだけの時間を掛けているのだ。あと数分の内に準光速弾投射砲を時空転移させられるとは到底思えない。


 そう思えば、総帥の平坦な態度も理解できる。彼がここに出現した時点で、勝敗は既に決していたのだ。


『ええい!』


 もはや総帥を倒すしか無い。トウマは右手に高周波ブレード、左手に電磁投射銃を出現させると、一気に距離を詰めた。電磁投射銃を連射しつつ、ブレードを横薙ぎに振るう。後方に下がろうとした総帥の右肩に弾が当たり、体勢が崩れたところをブレードの切っ先が襲う。


 鮮血。総帥の喉元から血が舞う。しかし致命傷ではない。総帥は左手で喉元を押さえつつ、更に後方へと下がる。同時に光刃が幾つも出現し、トウマへと襲いかかる。トウマは構わず進む。光刃がそのトウマの左手と右足を切断する。手ごと落下していく電磁投射銃。トウマは体勢を崩しつつも、再びブレードを振るった。しかし体勢が崩れた分、低く唸る刀身は相手には寸差で届かなかった。空を切るブレード。トウマの突進はそこで潰えた。


 微笑みを浮かべる総帥。しかしその中性的な微笑みに、影が差した。目の前からトウマが消えたのだ。瞬間移動! そう気がついた時には、もう遅かった。総帥の視界が暗転する。


 トウマは総帥の背後に瞬間移動していた。横に振るったブレードからは確かな感触が伝わってくる。ゆらりと、総帥の頭がその身体から離れ、ゆっくりと火星の地表目掛けて落ちていく。身体もその後を追う様に降下を始めていた。


『やった…ッ!』


 トウマは思わず、戻った左手を固く握り締める。今の状態なら瞬間移動が出来ることは、なんとなく理解していた。それを隠していた甲斐があった。いくら短時間で再生出来るとはいえ、首を落としてしまえば生き返ることはできないだろう。そう思って、空を見上げたトウマは目を見開いた。


 フォボスは。紫色の光を纏ったままだった。いよいよ光の強さは増し、思わずその眩しさに今度は目を細める。光が、消えていない。ということは。


『残念だけど、それじゃあボクたちは死ねないよ』


 総帥の声がした。その瞬間、トウマは身体が冷えるのを感じた。いや冷えたのではない。体温を感じなくなったのだ。ゆらりと視界が、あり得ない角度に曲がる。首が切断されていた。自分の身体を見上げるという、生まれて初めての視界を目にしていた。その先に、首を落とされて落ちていったはずの総帥が、傷一つ無い姿で浮いているのが見えた。


『ボクたちは再生しているんじゃない。世界によって復元させられているんだ』


 そう呟いた総帥に、トウマを倒した喜びも人を殺した罪悪感も何も無かった。ああオレは復元するのか。トウマの中に恐怖心はなかった。ただ。復元する頃にはもう全てが終わっているのだろうとだけ、感じていた。


 ゆっくり降下していくトウマの首。その視界に最後に映ったのは、紫色の光が収束し、そして消えていったフォボスの残滓だった。



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