【三十七】火星大戦 其の二
ホムラは一直線に空を駆け上がっていた。天上に浮かぶは太陽と、それを覆い隠さんと大きくなりつつあるフォボス。フォボスを取り巻く紫光は徐々に強さを増している。しかしその手前には、それよりも強く輝く人影が浮かんでいる。シニステル総帥だった。その姿は完全に黒く影になっていて、どんな表情を浮かべているのか全く見えない。
上昇しつつ、ホムラは右手に炎槍を出現させる。そして投擲。炎槍はあっという間に光の点となって天空へと飛翔する。だがそれは輝く人影に到達する前に、何か見えない壁に衝突したかの様に四散した。ホムラは舌打ちをする。やはりもっと接近しないと防壁を貫けない。
もう一段、飛翔速度を増した瞬間。突然側面から衝撃が走った。視界に火花が散る。ホムラはバランスを崩し、進路は斜めに逸れる。身体がくるくると回転する。四肢を踏ん張って元に戻した時には、やや高度が落ちていた。
『さすがに速いな』
現れたのは『炎蛇』のユジェリだった。ユジェリは行く手を阻むように、ホムラと距離を取ったまま宙に浮いている。彼の周りには蛇の如き炎が三つ、ゆっくりと回っている。ホムラに衝撃を与えたのは、その炎蛇の一つだった。霧散した炎がゆっくりと集まってくる。炎蛇の数が四つに増えた。
『総帥はお忙しいんだ。相手ならオレがするよ』
『お前に構っている暇なんてねーんだよ!』
ホムラは歯を剥きながら、迂回するように急上昇する。ユジェリは想定していたのか、その進路上に立ち塞がる。炎蛇の一つが再びホムラを打つ。しかし今度は舞い散る火花を押しのけて、ホムラは上昇していく。止まらない。左手に炎槍を出し、投擲する。対してユジェリも炎蛇を円を描く様に投射する。炎槍はその炎蛇を一つ、二つ貫き、三つ目に突き刺さったところで光へと転化した。辺りを眩しい光が圧する。
『む?!』
ユジェリは右腕で目を守りつつ、少し退く。そのすぐ脇をホムラが突き抜けていく。完全に不意を突かれた。ユジェリが見上げるのを尻目に、一気に上昇するホムラ。上空の人影との間に、阻む者は無かった。
『おらッ!』
ホムラは一気に総帥へと近づき、再び炎槍を出現させた。総帥の人影はかなり大きく、人形ぐらいの大きさにまでなっていた。この距離なら! ホムラは炎槍を投擲した。
『? なんだッ!』
ホムラは混乱した。炎槍は投擲した。しかしそれは天空へでは無い。地上の、オリュンポス山のカルデラへ向けてだった。いやそれどころではない。上昇していたはずなのに、今ホムラの身体は真っ直ぐカルデラへ向けて下降している。天空に向かっていたはずなのに、気がつけば地上へと飛んでいたのだ。
『そこか!』
ホムラは宙に急停止し、小さな炎槍を無数に出現させると、全方位に向けて掃射した。炎槍の殆どはそのまま飛び去って消えたが、幾つかが空に、まるでガラスに穴を穿つ様な痕跡を残した。そのヒビ割れはあっという間に空全体へと伝播し、その表面に天地を映したまま割れて消えた。
割れて消えると、天地は元に戻っていた。ただ違うのは、上昇していたはずのホムラの位置が随分下まで落ちていたこと。そして、一人の女性がホムラの目の前に現れたことだった。
『そう簡単に、総帥の元には行かせませんよ』
『マリアか。くそ! へんな『幻想』見せやがって』
ホムラの前に現れたのは黒いドレスの女、『幻想』のマリアだった。彼女はくすりと笑っている。その遙か後方では、光の群れが乱舞している。シニステルの四天八部衆、デキステルの十二神将。それぞれが激しくぶつかり合っている。その戦いは五分に見える。
しかし五分では意味が無い。四天八部衆の防御陣を突破してシニステル総帥を倒す、もしくは最低でもフォボスの時空転送を頓挫させる。そうしなければこちらの敗北だ。前世、未来での火星壊滅がほぼ確定してしまう。
ホムラはちらりと外輪山の方を見る。微かだが紫色の光点が見える。もしトウマたちが準光速弾投射砲の出現に成功すれば、勝利にぐっと近づく。ホムラは思わず、この混迷する天に願わずにはいられなかった。
—— ※ —— ※ ——
シニステル総帥は、眼下の戦いを見つめていた。合計二十四の光点が激しく絡み合っている。今のところ離脱した光点は無い。それは順調に四天八部衆が防御陣を機能させている証でもある。
数は互角、そして実力も互角。ただ、四天八部衆側に有利な点が一つある。それは、いつまで続ければいいのかという情報だった。つまりフォボスの時空転送の要する時間、それを考慮に入れて守れば良い。デキステル十二神将側にはその情報が無い。あえて例えれば、どこまで走ればいいか分からない長距離走をやらされる様なものだ。体力配分や心理的な意味で極めて不利だ。
何かが震えている。フォボスに纏わり付く紫色の光が、少しずつ強くなっていく。その振動は、恐らく転生能力者でないと感じられないだろう。それは時空間を伝う振動なのだ。あと十分で、一際大きい時空振と共にフォボスは前世へと跳んでいくだろう。
総帥は視線を少し逸らした。オリュンポス山、カルデラを取り囲む外輪山。その一角から、微かな紫色の光が発せられている。四天八部衆や十二神将では無い。
迷っていた。元々、準光速弾投射砲を呼び寄せられる可能性は低い。これほどの異能力を発揮できるのは今世ではシニステル総帥だけだ。だから放置する。それで問題無いはずだ。だが万が一のことを考えて、今抹殺してしまうのが確実とも言える。
どちらが最善なのか。ずっと総帥は迷っていた。どちらがより確実と言えるのか。そして世界にとって佳き方法とはどちらなのか。
そして。シニステル総帥は決断を下した。彼の手の中で光球が発生する。少しだけフォボスを包む光が弱まる。総帥の手の中に現れた光球は、一気に亜光速にまで加速すると、外輪山の一角を貫いた。その瞬間、外輪山の山体がまるで積み木のように吹き飛んだ。それはトウマたちが居る一角であった。
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