【四】登校日と昨晩の夢

 トウマとヒメは閑静な住宅地を抜けると片側二車線の幹線道路に入った。歩道に人は少ないが、車線を往来する車の数はぐっと増える。市外へと通じるパイパスでもあるので、トラックの姿も多い。歩道を歩いていても、エンジンの重たい回転音と細かい振動が伝わってくる気がする。


 新しく塗装された緑色が眩しい歩道橋を渡り、バイパスを背にして東へと向かう。この辺りは背の低いアパートやマンションが建ち並ぶ区域だ。歩道は無いが、往来する車はほとんどない。代わりにトウマたちとは逆側へと歩くサラリーマンや自転車に乗った学生たちと擦れ違う。さきたま市の中心部にある東武東上線さきたま市駅はここより西、トウマたちの背の方向にある。


 通りがかった自転車を避けて、トウマは左側、つまりヒメの方向へと詰めた。ヒメの肩がトウマの左腕に触れる。制服の布地は少し固い感じがしたが、その下にある感触にトウマは少しドキリとする。自転車が通り過ぎたのでトウマは離れ、でも離れ過ぎたと感じて少し詰め直す。いかん、何をやっているんだ。







 しかし、ふわりとラベンダーの香りを嗅ぐと、トウマは昨晩見た夢を思い出す。


 銀髪の少女ユニファウを振り切り、結婚式へと乱入するレイリー。ウェディングドレス姿のマウアは美しく、レイリーはその手を引いて式場を逃げ出した。警備の黒服たちを蹴倒し、オープンカーを強奪し、星空が瞬く下の高速道路を突っ走る。そのマウアからは、同じラベンダーの香りが漂ってくる——。


 どんなラブコメだよ。いや女性向け恋愛小説か? 少なくともトウマはその手の漫画や小説は読まない。普通に少年漫画が好きだ。夢は昼間体感したことの再構成だと言うが、トウマの引き出しにそんな情景は無い。


 それに、ここ最近見る様になった夢はちょっと違うのだ。解像度が違うといえばいいのか。普通の夢が配信動画がブロックノイズまみれになった状態だとすれば、それらの夢は映画館の映像の様に綺麗で迫力があるのだ。


 そして、同じ人物たちが時と場所を変えて、まるで順番をシャッフルした連作ドラマの様にトウマの夢に現れる。奇妙な「これは前世なのだ」という実感。そう夢の中のレイリーは、トウマの前世の姿だと、なぜかそう感じているのだ。理由は無い。


 ちらりとヒメを見る。ちょっとだけ前を歩くその横顔、黒髪。それに夢の中のマウアが被る。不意にトウマの心拍が上がる。ちょっと待て。自分待て。ちょっと前までそんなことはなかっただろうが。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 トウマは努めて視線を真っ直ぐに注ぐ。この場合の真っ直ぐは進行方向に対してだ。ヒメは少し歩幅を落として、今は真横にいる。


 マウア。レイリーの最愛の人。彼女のことを考えるだけで、胸が締め付ける様な感覚を憶える。トウマには明確な恋心を経験したことがない。異性を愛するという感覚もイマイチだ。無論清く正しい青少年としての欲求はあるが、それは何かちょっと違う。


 ヒメは幼馴染みだ。仲も良い。トウマがヒメを異性として認識したのは高校に入ってからだ。異性として意識することと、異性として好きになることは一緒なのだろうか。ヒメに対してトウマは果たしてどう思っていたのか? トウマは軽く頭を振る。くそ、思い出せない。感情がごっちゃになっている。


 そんなトウマを見て、ヒメは柔らかく微笑む。


「なんだか今日のトウマはヘンだねえ」

「そ、そうか? 別にいつも通りだが」

「そういう時は、まあ大抵何か悩み事がある時ですなあ」


 えっへんとヒメが胸を張る。おお、ち…胸。比較的平坦だ。長い付き合いだけあって、ヒメはトウマ博士であった。


「ちょっと消化し切れていない。整理出来たら話すわ」


 ヘンに否定しても無駄なのをトウマは知っている。遅滞作戦を取る。ヒメは納得したのか、「ん」と頷くとまた少し先を歩き始める。









 十字路でヒメが足を止める。「止まれ」と書かれた交通標識の看板の下、一人の男子高校生が立っていた。半袖シャツとスラックスという服装はトウマと一緒だ。トウマより背は高く、髪は男にしては長い。ロンゲというヤツである。切れ長の憂いを帯びた目で、手にしたスマホの画面を追っている。端的にいうとイケメンというヤツだ。少なくとも、通り過ぎる女子高生たちがちらりと見ていくぐらいには。


「ジュウロウか」


 ヒメの、ちょっとだけ不機嫌な声を出す。すると男はこちらに気がついて、視線をこちらに上げた。その瞳がヒメとトウマをなぞる。


「よ、遅かったな」


 その男の名前は香狩かがりジュウロウ。トウマとヒメの友人である。


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