【二】前世の記憶 其の一



 ——それは夢の様でもあった。



 その記憶は、いつも夜だった。普段見ている夜よりも暗く、星は満天に輝いている。空気を吸うと胸の中がすうっと冷たくなる。そんな感覚まである記憶だ。


 オレは金色の髪を掻き上げる。金髪。いいね。今は教師が五月蠅いから出来ないけど、高校を卒業したら金髪に染めよう。背が高いのも良い。直接測った訳じゃないが、いつも・・・より視点が高い。これぐらいがしっくりくる。


 只の夢とは思えない理由がこれだ・・・。なんかしっくりくるのだ。この夢から覚めていつも・・・の身体に戻ると、どこか違和感を感じてしまう。視点は低いし、体つきも何やら頼りなく感じる。部活動で鍛えていて、最近筋肉ついてきたなーと感じていたはずなのだが。


 そして無性に煙草が吸いたくなる。待て待て、オレは煙草吸ってないぞ。その味すら知らないはずなのに。


 この夢なんて数回程度しか見ていないのに、それでも夢でのオレとの付き合いの方が長いかの様に感じている。







 今オレがいるのは駅前だ。高架橋の上を十両編成の鉄道が頻繁に走り、地上部分は改札とショッピングモールになっている。都心部ならどこにでも良くある、典型的な駅だ。駅名は……この記憶では曇っていて読めない。


 人の流れは多い。どうやら日が沈んでまだ間もないらしい。通勤客に加えて学生の姿が多く見受けられる。ここらはベッドタウンなので、この時間だと駅から出てくる人数の方が圧倒的に多い。駅前の小さなロータリーを経由してバスに乗る人、そのまま徒歩で歩き去る人、様々である。そうそう、自転車の人もいる。


 オレは丁度、駅の出口の真ん中に立っている。人が、モーゼの十戒の様に左右に分かれて流れていく。はっきり言って邪魔だ。すれ違い様、チラチラとこっちを見る視線も感じる。ちょっと恥ずかしい。だが、動くわけにはいかなかった。


 オレの目の前には銀髪の女性が立ち尽くしていた。オレよりも背が低く、少々俯いているので頭髪のつむじが良く見える。根本まで綺麗な銀髪だった。この女性の名前を、この記憶のオレは知っている。ユニファウ。両親が死んで親類に預けられて以来の、隣家の幼馴染みだ。


「どうしても行くの? レイリー」


 ユニファウの鈴の音の様な声が響く。綺麗な響きだ。そしてどこか庇護欲を掻き立てられる。それはオレが兄貴分だったからだろうか。ユニファウの、俯いていた顔がゆっくりと持ち上がり、その青い瞳がオレの双眸を貫く。泣いていた。


「行く」

「なんでよ? 婚約してて、結婚式までしようって女なのに!」

「だから今なんだよ」

「行ってどうするの?」

「聞く」

「聞くって」

「オレのことを好きなのか、聞く。」

「結婚式場で!?」

「丁度良い。細かいこと、一切合切ケリをつけてくる」


 そう言ってオレは笑った。そうなのだ。オレはこれから、今この時に結婚式を挙げている女の元へと向かい、奪ってこようとしているのだ。まるで三文芝居の様で笑えてくる。しかしその笑いは表層的なもので、心の中では真剣そのものであった。


 上手くいく確信は全く無い。でもなぜか、すっきりとした気分だ。一世一代の大勝負に出る。それがこんなにも気分が良いものだったとは。オレは根っからのギャンブラーなのかも知れない。


 ただ。


 ただ、ユニファウにだけは一抹の罪悪感を感じていた。彼女がオレのことを好きなのは知っていた。それを悪くは無いと思っていた自分がいたのも確かだ。多分「彼女」が現れなければ、オレはユニファウを選んでいただろう。


 でも、オレは出会ってしまったのだ。「彼女」に。その気持ちを騙ることは出来ない。何もかも思い通りにならない世界の中で、選択することだけは自由なのだから。


 オレとユニファウ。言葉は途絶えた。お互いに、相手を説得するだけの言葉は、もう無かった。いやそんなものは最初から無かったんだろう。オレはもう決心していたし、自惚れかも知れないが、ユニファウはきっとそれが納得出来ない。恐らく一生。お互いにそれを吐き出す機会が欲しかっただけなのだろう。


 オレは歩き出した。ユニファウの傍をすり抜け、人の流れに逆らって改札へと向かう。ユニファウがそれを止めることは、無かった。


「ばかーっ!!」


 雑踏を切り裂いて、ユニファウの泣き声がオレの頭を叩く。それでもオレは振り返らず、改札を飛び越えて走っていった。







 ——最愛の人。マウアの元へ。


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