【十二】前世の記憶 其の三
星空が満天に輝いている。漆黒の地平線は少し高い様にも見える。それは周囲を外輪山が囲んでいるからだ。昼間なら急な斜面に這い付く様に広がる森が見えただろうが、今は夜である。外輪山のどこにも明かりも無い。
翻って、その円の中心には、人工的な光を放つ都市が見える。背の高いビル群を低層の建物が取り囲み、それは綺麗な反比例の曲線を描いていた。ビル群の中央には一際高いクリスタルタワーが屹立している。
オレは窓の外に視線を送った。遠くにその不夜城が見える。今オレは外輪山の麓にある研究所にいた。低層のビルと幾つかの倉庫があり、それらをぐるりと黒いフェンスが囲んでいる。車留めがある入口には「デキステル第二研究所」と刻まれた金属製の看板が掲示されていた。
今は使われていない。今居る主棟を含めて、どの建物にも明かりは無い。隣接する道路に設置された街灯の明かり、それと星の光だけが頼りだ。周囲に気配は無い。森の中に作られた施設である。夜鳥の鳴き声が、ほーほーと響いているだけだ。
してやられた。オレは舌打ちをする。片手に握った小型情報端末を弄るが「メッセージは送信されませんでした」とのメッセージが返ってくるだけ。いくら市外とはいえ、電波が届かない地域ではない。妨害電波なのか、それとも途中のアンテナを遮断したのか。どちらにせよ、意図的にここを隔離しているのは間違いなかった。
これは『シニステル』の仕業だ。連中、最近手口が荒っぽい。今までは、例えばネットで中傷したりとか、研究所の事業に問題ありと第三者に裁判を起こさせたり、そういうの間接的な妨害工作が多かった。
だがちょっと毛色が変わってきた。研究資材が何故か交通事故に遭って届かない。研究員が犯罪に巻き込まれる。支援者が突然手を引く。等々。
そしてコレである。ちなみに照明が消えたのはついさっきだ。多分落とされたのだ。天井に埋め込まれた監視カメラも、その赤い光が消えている。監視及び警備システムも機能停止しているだろう。
嫌な予感しかしない。オレは窓から離れる。今居るのは主棟の三階。上級研究員が使える個室だ。コンピュータの埋め込まれた机や応接用のソファー、簡単なキッチンやバストイレまでもが一室に統合されている。機能的だ。床には書類やコーヒーカップが散乱している。
隣室へと入る。元は備品庫だったが、今は棚が残っているだけで何も見当たらない。唯一、大型の金庫だけが残っていて、その前に銀髪の少女と黒髪の女性がしゃがみ込んでいる。ユニファウとマウアだ。ユニファウが情報端末の明かりでマウアの手元を照らしている。その僅かな光を頼りに、マウアは真剣な顔で金庫の古めかしいダイヤルを操作していた。
「あ、どうだった?」
ユニファウが顔だけをこちらに向ける。オレは肩を竦める。
「ダメだ。配電盤らしいやつはあったけど、どこ弄っても反応無し」
「そっか。まあ古いしね、ココ。壊れたんじゃ無いの」
お気楽である。お転婆ではあるが、これでいて大財閥のお嬢様だからなあ。どこか暢気な所がある。シニステルの件を抜きにしても、自分が基本襲われる側だっていう認識が足りていない。
「マウアの方はどうだ?」
「五…三…九…って、なんで開かないのよ! ホントにこの番号であってるワケ? あのボンクラ所長!」
苛ついていた。珍しく薄い桃色の紅を塗った唇の裏で、ぎりぎりと歯を軋ませている。ダイヤルを回してレバーを引いても、金庫の扉は微動だにしない。マウアはどんどんと拳で扉を叩く。薄暗くてよく見えないが、たぶんその端正な顔は歪んでいるだろう。マウアの場合、機嫌が悪い時は放置に限るんだが、そうも言ってられない。オレは二人の後ろにしゃがみこむ。
「一旦出直そう。なんかヤバイ」
「嫌」
マウアは即答である。ああ、分かっていましたよ。一度今やると決めたら、やりきらないと気が済まない。食事も忘れ風呂にも入らず、睡眠も倒れるまでしないタイプなのだ。
だが、今回ばかりはその我を通させてやる訳にはいかない。オレの、不良だった頃に培った勘がヤバイと言っている。『シニステル』は方針を変えたのだ。間接的な妨害手法から、より直接的な方法に。
「どけ」
オレはマウアを押しのけて、金庫の前に陣取った。懐から『柄』を取り出す。万が一の護身用に持ち歩いていたのが役に立った。柄を握り込むと、十センチぐらいの白い刃が飛び出す。柄のスイッチを押し込むと、直線的な刃が微かに震え始める。
「どうするの?」
「まあ見てなって」
震える刃を金庫の扉の、外側に露出した蝶番の部分に押し当てる。すると甲高い音が響いて、ゆっくりと刃が蝶番にめり込み始めた。細かい金属の粉が床に落ちる。そのまま慎重に刃を真下へと落としていき、切断に成功する。更に反対側の扉の隙間に刃を差し込み、中にある閂も切断する。
「おおー」
ユニファウが歓声を上げる。オレが隙間に指を掛けて引くと、閂と蝶番を斬り落とされた金庫の扉はばたりと正面へ倒れた。
「やった!」
開放された金庫の中にマウアが食いつく。ちらりと見ると中身は、ほとんど空だった。ただ、まるで金庫の主だと言わんばかりに、煙草の箱の様なモノが中央に鎮座していた。
「それがお目当てのものか?」
「そうよ! この試料が欲しかったの」
マウアは箱を手に取るとすかさず開けた。そこには小さな試験管が入っていて、中には粉状の紫色の石が見えた。心底嬉しそうに、マウアはその試験管の表面を撫でる。
「それが何とか結晶とかいうやつなの?」
「そう! 次元変移結晶! その試作品だけどね」
何気なしに聞いたユニファウに、マウアが目を輝かせて顔を近づける。驚いたユニファウがちょっと身を引く。マウアは普段淡白なのに、関心があることには早口になるタイプなのだ。まあユニファウはまだマウアと付き合い浅いからな。じき慣れる。
「さて、目的も果たしたし、とっとと撤収しますか」
オレは立ち上がる。が、何か聞こえる。備品室から個室へと出る。何か、走る足音が廊下の方から響いてくる。二足歩行じゃない、恐らく四足。しかし音が硬い。
がつんと。個室のドアが破られた。ドアが蝶番ごと吹き飛び、ソファーにぶつかって宙を舞う。オレは再び『柄』を抜いていた。握りる強さに応じて、白い刃が今度は剣の様に長く伸びる。
ドアが机の上に落下する前に、それは個室に侵入してオレに襲いかかってきた。四つ足の、犬を模したロボット犬だった。犬と違うのは、頭に相当する部分にクワガタの様な二本の刃がついていることだった。
ロボット犬は目の前で跳躍する。二本の刃がオレの首を狙って交差する。オレは身を沈めて躱すと、白い刃で薙いだ。甲高い音と共に、ロボット犬の胴体が両断されて床に転がる。
「レイリー!」
「二人とも逃げるぞ!」
足音はまだ響いてくる。オレはマウアとユニファウを庇いながら、出口へと走った。
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