【三十一】出来ないこと
シニステルの小惑星落下計画の詳細が判明したことで、デキステル日本支部であるクリスタルタワーは騒然とした状態が続いていた。上層部へと通じる専用エレベータが頻繁に往来を繰り返している。元々目立たない場所に設置されているのだが、さすがにここまで利用者が多くなるとかなり目立つ。下層部の一般企業の人間たちが、そこにそんなエレベータがあったのかと、物珍しげな視線を送ってくる。あまり良い状況では無かったが、対応策は取られなかった。そんな余裕は無かったのだ。
屋上のヘリポートもぐんと利用頻度が上がった。クリスタルタワーの近くには私鉄東武東上線のさきたま市駅があり、駅を中心に繁華街が広がっている。そこを行くサラリーマンや学生たちも、頻繁に聞こえているローターの風切り音に空を見上げることが多くなった。
今は八月二十五日である。つかの間の雨も消え、また真夏の日射しが地上を焦がしている。高層建造物であるクリスタルタワーの屋上は、太陽までの距離という意味では地上との差はほんの微々たるものである。しかし体感としては、酷い暑さがもっと酷い暑さになった様な気がしている。そして乾燥している。地上が草原なら屋上は砂漠。そんな気がトウマにはしていた。
三基あるヘリポート。その内の一つにトウマは立っていた。影は足元でほぼ丸くなっている。陽は今、天頂にある。他にジュウロウとホムラもいる。彼ら三人がヘリポートの中心で、誰がこの時間に集まろうと言い出したのか、無言で非難の視線を送っていた。送られた先はホムラであり、ホムラはこの場にはいない
「せめて夜にやろうとか言う人はいなかったのかよ」
「冷房ガンガンな部屋から出てこない奴だぞ。夏は寒いとか言ってダウンジャケット用意しかねん」
トウマとホムラはお互いに視線を送り、そして深くため息をついた。ホムラの方が年上だが、トウマはため口になっている。ホムラは気にしない。頻繁に顔を合わせているからすっかり仲良くなっていた。
「さっさと終わらせよう。流石にしんどい」
ジュウロウが促すと、トウマは頷いてから目を閉じた。そして集中する。蒸発する汗に混じるように、ふわりと青い光が生まれる。それは宙空で銃の形を成し、ごとりと床に落ちた。あの荒川河川敷の戦いで出現させた電磁投射銃だ。トウマは目を開け、床に落ちた物を見て溜息をつく。その目の前で、ホムラが渋い表情で拾い上げる。
「銃と剣は出てくるんだな。何か他は出ないのかよ?」
「やろうとはしてるんだけど、上手くいかないんだよな。他の物をイメージしても、こう、磁石に引っ張られる様な感じで、それになっちまう」
トウマは口をへの字に曲げて再度集中するが、出てきたのは以前出した高周波ブレードだった。今度はジュウロウが拾う。スイッチを入れるとぶうんと刀身が震える。何度か振るっていると、やがてブレードは光に分解して消えた。電磁投射銃もふわりと消えている。
三人がこの場に集まったのは、トウマの異能力の試験の為だった。物を引き寄せる異能力が、高周波ブレードや電磁投射銃といったものを出現させる。しかもそれは今の時代のものではなく前世、つまり未来の物を
「それじゃ、やるか」
「ああ」
トウマとジュウロウが向き合い、ゆっくりとお互いの手を握る。トウマはゆっくりと目を閉じ、集中する。何かを引き寄せる感覚。前に高周波ブレードや電磁投射銃を出現させた時は、それを見た夢を思い出していた、様な気がする。思い出すのは宇宙空間に漂う全長三十キロの「筒」。それを出来るだけ精密に思い浮かべ、見えない「手」を伸ばしていく。もう少し、あとちょっと。
トウマの額に汗が滲む。見えない手が「筒」に触れた。そう思った瞬間。ばちんと何か衝撃を受けて、トウマは一人尻餅をついた。
「いてて」
トウマは手を振る。痺れている。視線を上げると、ジュウロウも倒れはしなかったが片目を瞑って手を振っている。どうやらトウマとジュウロウの間で強い衝撃が生まれた様だった。天を見上げるが、そこには太陽しかない。失敗だった。
トウマがやろうとしたのは、前世で建造していた準光速弾投射砲だ。あれなら小惑星ぐらいの小天体なら破壊出来る。シニステルの計画に対する切り札になりえると上層部は考えていた。もっとも成功率は限りなく低いとは見ている。なにせ全長三十キロである。いくら異能力が物理法則の外にある現象だとしても限度があろう。
つまり成功したら超ラッキー程度の試験ではある。汗だくになっているトウマは少し馬鹿らしくなっている。しかしもし仮に万が一にでも成功すればあの大破壊を防げる、というのであれば真面目に取り組むしかなかった。
「まあ今日はこんなところにしようや。ちょっと変化あったじゃん?」
ホムラがスマホを弄りながら、尻餅をついたままのトウマに手を差し伸べる。遊んでいるのではない。今の試験状況を録画して、研究班宛てに転送しているのだ。そういえば、あれだけ激しい衝撃が起きたのは今回が初めてだ。ちょっとは進展があったと見ていいのか。複雑な表情でトウマはホムラに引かれて立ち上がる。
「ほら、迎えにきてるぜ」
ホムラがにんまりと笑う。その視線の先。遠く、ヘリポートから下へと降りる階段のある所に、ヒメがいた。階段の手すりに身体を預け、じっとトウマのことを見ている。この試験の時は、いつも終わる頃を見計らってヒメが出迎えに来ている。ただ、三人の近くまではこない。じっとヘリポートの隅で、トウマだけが来るのを待っている。
「あ、ああ。そうだな」
トウマはホムラに愛想笑いをし、そしてちらりとジュウロウを見た。ちらりと。ジュウロウはそれに気がついて、深い溜息をついた。しまったと、トウマは口元を隠す。
「トウマ。こっちは気にするなと言っただろ」
「わかってる! わかってるんだけどさ……つい、な」
トウマの語尾が弱い。どうしても割り切れない心情が、ジュウロウに視線を送ってしまった理由だと自分でも気がついている。前世と今、人間関係が複雑に絡み合ってしまった。
前世がどうであれ、ジュウロウはマウアではなく、ヒメもユニファウではない。それだけだったらまだ良かった。だが理由はどうあれ、ヒメのことをマウアだと誤認し、そして好きだと表明したことが事をややこしくしている。
「言っておくが、オレは前世のことを持ち出されても困るからな。オレはあくまで『ジュウロウ』だ」
「わかってるよ」
分かってはいるが、そう断言されてもトウマの中のレイリーが傷ついたりもする。トウマは手を振り、そしてヒメの元へと小走りで駆けていく。
「で、本当のところはどうなんよ?」
その後ろ姿を見つめるジュウロウに、ホムラが囁く。ジュウロウは苦笑する。
「デキステルってところは、個人の恋愛事情にも首を突っ込むんですか?」
「そりゃ。重要人物のメンタル管理としては、やらない理由はないと思うがね」
ホムラの口角を上げた唇の隙間から歯が見える。趣味が入っていないとは否定していない顔だった。
「やっぱり、女の子でないと出来ないことってあると思うんですよね」
「まあ、そりゃそうだ」
「そういうことですよ」
少し寂しげな表情で、ジュウロウは笑った。
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