27 エルメスはイケメン皇太子AとBを見つける


「ノアーっ」

 アルは乱闘の中、必死で人をかきわけてノアを捜した。


 男ばかり入り乱れてつかみ合い殴り合い倒し合う中、悲鳴を上げて逃げていく女性もちらほらいる。


「ここは人買い商人のテントか」


 アルは舌打ちした。オルビオンでも、もちろんブランデンでも人身売買は禁止されている。モームでも確かそうだ。大きな国ではたいてい、人身売買は禁止されているが、世界の辺境の小国では貧しさのあまり子どもを売ったり、自ら売られたりする人々もいるらしく、それが大きな国へとこうして運ばれてくるらしい。


 停めてある幌馬車から人が転がるように逃げようとしている。襤褸ぼろを着たその人々は、年齢も性別も人種もまばらだ。


 その中に小さな少女を見つけてアルは駆け寄った。


「大丈夫かい?」


 アルは少女の手足に付いた枷を剣で一刀両断した。

 初めは警戒していた少女はそれを見て、目を丸くしてアルを見上げる。


「お兄さん、商人じゃないの?」

「僕は違うよ。行こう」


 アルは少女をローブの中へ隠してその場を離れた。



 一方、レオはその頃。


「テントの主はおまえか」

 六角形のテントの中に頭領がいると踏んだレオは、乱闘をかきわけ、テントの前に仁王立ちして警備していた屈強な男たちを軽々と投げ飛ばし、中へ入った。


「な、なんだ貴様は! テントの外は見張らせていたはず!」

「もう少しマシな見張りを置くことだ。武闘会で俺やマルコスに勝てるくらいのな」

「武闘会? マルコス?! もしかして……!」


 ターバンちょび髭はフードを取った青年を見て、飛び出るほど目をみはった。


 長身。宝石のような紫瞳しとうに、精悍で端整な顔立ち。細身の身体からは想像もできない腕力と剣技に、国中の貴族領主がこの「御方こそ」と認めたカスティーリャ王家の皇太子――次期王だ。


 慌てて平伏したターバンちょび髭に、太っちょは訳がわからずきょとんとしている。

「こ、これは殿下っ、なぜこのような場所にっ……!」

「俺の質問に答えろ、人買い。ここに、銀色の髪をした、青い目の17ぐらいの女が来たか」


 顔色を変えたターバンちょび髭と太っちょを睥睨へいげいして、レオは剣を抜いた。


「その女を出せ」

「そ、外にいるはずで」

「なんだと?!」

「ひいいいっ、今っ、たった今、値段交渉の最中だったんですっ、外が急に騒がしくなって」

「この騒ぎの中放置してるのか?!」

「ひええっ、も、もうしわけ――」


 言い終わらないうちに、アルの剣が一閃いっせん


 ターバンちょび髭と太っちょの間にあったモーム風のカラフルなタイルテーブルが、きれいに真っ二つに割れて転がった。


「お、お許しをーっ」

 いつくばるターバンちょび髭と太っちょの前に、レオは剣の切っ先を突き付ける。


「「ひっ」」

「いいか、その女を見つけても二度と手出しするな。それから帰国後の処分を覚悟しておけ。我が国はもちろん、オルビオンでも人身売買は禁止のはずだ」

「「ははああっ」」


 レオは一瞬で剣をさやに収め、テントを走り出た。


「ノアーっ」

 外は変わらず乱闘で、それをかきわけてほろ馬車へ向かう。


 幌馬車からは商品として買われていた人々が逃げ出しているところだった。

 その中に、少年がいるのを見つけてレオは駆け寄った。


「なにすんだよっ」

 少年は暴れようとしたが、レオが抜いた剣に動きを止める。

「それでは逃げられまい」


 少年の手足のかせを、レオ瞬時に剣で斬った。


 少年は目を丸くしてレオを見上げる。

「あ、あんた誰」

「俺は人買いではない。商人でもない。おまえに話が聞きたい。こっちへ来い」

「…………」


 少年は少し迷って、しかし差し出されたレオの手を取った。


 レオは少年をローブの中へ隠して歩き出す。


「この騒ぎはなんだ。何があった」

「わからない。急に、鶏が時を作り始めたんだ。そしたらカラスとか、いろんな鳥の鳴き声がして……」


(ノアが鳥笛を使ったな)


 エルメスがいたのだ。それしか考えられない。やはりここに捕まっていたのだ。

 少年の肩を抱いて乱闘の中をくぐりながら、レオは周囲に目を走らせる。しかしノアらしき人影は見当たらない。


(そうか。ノアはここを離脱したんだな)


 ノアがいれば、エルメスはカラスの牽制けんせいを突破してでもノアの元へ行くだろう。


「脱出できたならよかったが……どこへ行った、ノア」





『んもー、ノアったら呼びつけておいてどこ行っちゃったのよぉー』


 エルメスは悠々ゆうゆう滑空かっくうしつつ、下を見る。

 ひどい乱闘騒ぎが起きていて、おそらく鳥笛に集まった鳥たちが乱闘に野次を飛ばして見物していた。


『まったく、あのカラスども、忌々いまいましいったらないわっ。あたしがあんたたちの脅しにヒヨッてるとでも思ってんの?! 仕事中じゃなかったらあんたたちなんか蹴散らしてるんだから!』


 エルメスは威嚇いかくしてくるカラスたちを睨んで、ほう、とため息をつく。


『ていうか、ノアったら笛吹きっぱでどこ行ったのかしら。笛はもう聞こえないし、この騒ぎの中にはいないみたいだしねえ。そろそろトレス殿やマルコス殿に連絡しないと、あの二人心配し過ぎてハゲちゃうわよー……って、あれ?』


 エルメスは眼下に動く白いローブと黒いローブの二つの点に目を凝らす。近いところで動くその二点に見覚えがった。


『あああーっ、あれ、イケメン皇太子たちじゃないっ』


 二点は乱闘から離れる方向に動いてはいるが、連動しているわけではなさそうだ。そして、それぞれ小さな子どもを連れて歩いている。そこにノアの姿はない。視力の異常にいいフクロウのエルメスにはそれがよくわかった。


『ははあ、はぐれたのね。ノアと皇太子たちは』

 もうっ、しょうがないわねっ、という間に、エルメスは風を切って下降を始めた。    

 そのスピードと鋭さに、カラスは慌てて道を開ける。


 エルメスはまず白いローブに向かった。


『ちょっとちょっと! イケメン皇太子A!』


 白いローブの上で羽をばたつかせると、アルが空を仰いだ。


「エルメス! やっぱりエルメスか!」


『当たり前でしょー、ていうかその女の子何? あんたの隠し子? ていうか向こうにイケメン皇太子Bがいるんだけど』と言ってもエルメスの言葉が通じるわけもない。ノアのように動植物と話せる魔法が使えないかぎり、言葉は通じないのだ。


 仕方なく誘導するように頭のすぐ上で『こっち! こっちだってば!』と羽をばたつかせる。


「え? なんだいエルメス。あっちに行ってほしいのか? まさか、ノアがいるのか!」


 とやや見当はずれだがエルメスの誘導に気付いて、アルはそちらの方向へ走った。


「あれ?」

 前方から走ってくる黒いローブ姿に目を留める。

「レオ?」

「アルか?……と、エルメスかやはり!」



 こうして、ノア不在のまま、二人と一羽は合流できたのだった。

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