31 アンナの魔法
大神殿、礼拝の間。
すでに日の暮れた礼拝堂には誰もいない。明朝、水平線が明るくなるその時まで、闇の中で眠りにつく――いつもならば。
今、誰もいないはずの礼拝堂の祭壇に、小さな
アンナが得意とする召喚魔法。その儀式が行われた跡だった。
「天にまします我らの神よ」
アンナの祈る声が、小さく響く。
「どうか、悪しきものを
ぎゅっと閉じていた双眸が開き、ハシバミ色の瞳が神の像を仰ぐ。
「ノア様……」
ついに連絡はこなかった。今ごろ、どこでどうしているだろう。
「でも大丈夫。あたくしの代わりに、使役魔を送りますわっ。そうすれば――」
そのとき礼拝堂の扉が開いた。
「アンナ! 何をしている!」
◇
ノアは狭い路地を北に向かって走った。
「チェス盤って嘘! ぜんぜん嘘!!」
聖都ラデウムは大きなチェス盤、格子状に東西南北の通りが走る――と言われているが、一歩路地に入るとそこは迷宮だった。
特に現在ノアがいるラデウム西側、職人街と商人街のエリアは、通りと通りの間にびっしりと小さな家々が並び、路地はさながら迷路のようになっているのだ。
それでも家々の間から見え隠れする白亜の神殿群――神殿の丘を目指してノアは走る。
「ちょ、ちょっと休憩」
ノアはすでに汗びっしょりで、息もずいぶん切れていた。乃愛だったときはマラソンなんて大嫌いで、学校のマラソン大会はビリ争い常連だったのに、ノアは軽やかに、まるでカモシカのように走れる。
もうすでに職人街の外れ、目の前の道を挟んで向こう側は商人街だ。
「エルメス呼ぶ前に倒れそうだわ」
そろそろ息が限界に近い。少しでもいいから座って休みたいが、神官兵の警笛と怒号があっちからもこっちからも迫ってくる。
「立って! 立つのよあたし! ていうか、水くらい持ってくるんだったー……」
腰に下げた水筒を指ではじくと、悲しい空っぽの音がする。
休憩も無し、水も無しで神殿の丘まで走れるのかと危ぶんだノアは――ハッと顔を上げた。
「そうだ! 水よ!」
周囲をサッと確認する。
ここは東西目抜き通り、建国記念祭典前でいつにも増して人が多い。おまけに魔法で外灯が点いているため明るい。道行く人々や馬車、そして石畳の道がはっきりと見える。
そして、はるか左側には、昼間にくぐった西大門が小さな巨人のように夜闇にそびえ立っている。
「急がば回れよ。水を目指して西大門まで走れ! あたし!」
ノアは目的の物を探して小さな巨人に向かって走り出す。
ノアの小さな姿は、建国記念祭典前の賑わいの中へあっという間に消えていった。
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