43 魔法の竪琴大作戦③

 一拍遅れて、どん、という衝撃と鉤爪かぎつめが扉を激しくひっかく音がする。

 アルとレオのことが心配でたまらない。その音を振り切るようにノアは部屋の中を必死に歩き回った。


「どこ?! 魔法の竪琴はどこにあるの?!」


 壁際に天井まで作られた棚には、様々な箱や宝石、壺など、数えきれないほどのきらびやかな宝物でびっしりと埋まっている。


 部屋を見回すと、奥のテーブルの上に何かが置いてある。

 近付いて、それが竪琴だとわかった。


「これって」

 小ぶりな飴色の竪琴には、美しい模様が意匠されている。

「マシューさんが持たせてくれた竪琴と同じ!」


 そうか、とノアは思った。あれはレプリカなのだ。大神殿の竪琴調整師だったマシューは、この竪琴をモデルにあの竪琴を作ったのだろう。


「これがきっと、魔法の竪琴なのね」

 ノアがその飴色の楽器をそっと手に取ったとき、扉の外で細い悲鳴が響いた。


 瞬間、オルビオンの秘宝を手に持っているとか、オルトロスが恐ろしいとか、いろんなことがノアの頭から消し飛んだ。ノアはただその悲鳴に扉を思いきり押して外へ転がり出た。


「アル?! レオ?!」


 扉の外には、鉄錆びた臭いが漂っている。


 床に倒れた馬のように大きな魔の猛犬は、真っ赤な双眸から真っ赤な血を流してのたうち回っている。

 その向こうに、血濡れた白狼と黒狼が全身で呼吸をして低く唸っていた。


「アル!レオ!大丈夫?!」

「ああ……よかった、ノア、無事だね」


 アルは少し笑ったようだが、白銀の毛並みは見るも無残に赤黒く汚れている。


「僕は、まあ大丈夫。レオが……」

 レオはよろける体を必死に立たせているようだ。背中の傷はまだ湿っていて、腹を伝って床に血だまりを作っている。


「レオ!」

 ノアが近付くと、レオは足を折った。


「ひどい怪我だよ、レオ……!」

「だな」


 声は穏やかだが、呼吸が荒い。えぐられた背中の傷からは、いまだ血が溢れてくる。


「ごめんね、ごめん……あたしのせいでこんな」

「おまえが、謝る必要は、ない」

「マルコス殿に知らせてくる」

 アルが急いで広間の方へと走った。


 紫色の双眸が、ノアの腕にある物を見る。


「ノア……それが魔法の竪琴か」

「たぶんそうだと思う」

「弾いてくれ」


 レオは苦しそうに身をよじる。しかし、立てないようだった。


「死ぬときは、人間の姿で死にたい。でも、もう……変身する気力がないようだ。魔法の竪琴で呪いが解けたら、人間の姿に戻れるかもしれないだろう?」

「レオの馬鹿っ、死ぬとか、そんなわけ……」

 無いとは言えなかった。


 レオはひどい有様で、かなり衰弱している。出血がひどいせいだろう。大理石の床に散る血の量を見ればノアは言葉が継げない。


「弾いてくれ」

 紫の双瞳そうとうが、ノアを見上げた。傷だらけで血濡れても美しい、紫水晶のような高尚な双眸。


 ノアは竪琴を手に取り、ポケットからあの羊皮紙の楽譜を取り出した。

(今、あたしにできることは竪琴を奏でることだけだもの……)


「死んじゃダメだよっ、レオ……!」

 ノアは魔法の竪琴を抱えて、構えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る