15 聖女の再提案


(聖女を手に入れて国政を安定させるという当初の予定に加え、竪琴の音色でこの身をむしばむ痛みを和らげてもらう。聖女をここで連れて帰るのは現時点でじゅうぶん利用価値がある。――何百年と王家を苦しめてきた呪いだ、どうせ今さら足掻あがいてもどうにもならん。呪いは、玉座に就く者がこの先も背負う宿命と思うしかないものだ)


 レオナルドはそう判断したのだ。


 同じことを考えたアルフレッドもすかさず言った。


「いや、聖女殿の考えを尊重するためにも、我がブランデンの妃となるのが得策だと思う」

「なんだと?」


 二頭は低く唸り、額を突き合わせる。


(なんなのよっ、このわからずや狼たち!!)

 せっかくいい流れになりそうだったのに。


(くっそー、たぶんこの人……いや狼たちにも、本音とタテマエがあるんだわ)


 そうでなければ、なんとしても妃に、というこの態度の説明がつかない。


(あたしが絶世の美女なら――って絶世の美少女なんだった今は!いや、でも……)

 皇太子という身分なら、美しい女性には見慣れているだろう。

 だから、どうしても聖女ノアに妃になってもらいたい、の言葉タテマエの裏には、王子の私的感情ではなく他に何か理由本音があるのだ。


(――ようし、それならば)


 ふとノアはいいことを思いついた。思わずにやりとしてしまう。


「ねえ、貴方たち、そういえばなんでオルビオンに残ってるの?」

「そ、それは」

「それは……だな」


 二頭の視線が泳ぐ。


「ちょっと、ささいな用事を思い出して」

「お、俺もだ」

「へええ、ささいな用事ってなにかしら?」

「それは……」

「土産!オルビオンの土産を買っていなかったのだ」

「ぼ、僕も」


 聖女を密かにさらってお持ち帰りするため、とは言えず、二頭は必死に言い繕った。


「あらあ、隣国の皇太子からの使者を無事に帰還させなくてはならないオルビオンとしては、お土産もお持たせしなかったなんて大失態だわ。すぐにテオ大神官にお知らせして、お土産をたくさん用意していただかなくてはね」


 ノアが首に下げていた笛を吹くと、二頭の狼は耳を動かした。マロンの耳も動いている。


「伝書に使う鳥がいるの。その鳥に貴方たちと一緒にいることをテオ大神官に伝えてもらうわ」


 言っているそばから、月を背にして小さな影が現れ、じょじょに大きくなって近付いてくる。

《やっほーノア、呼んだ?》

「ごくろうさま、エルメス。ちょっと頼まれてほしいんだけど」


 ノアの肩に留まったのは、大きな白フクロウだ。

 その満月のような目をぐりぐりさせて、白フクロウ――エルメスは二頭の狼を見た。

《うっそー、超イケメンたちじゃん!どうしたのこれ、ねえねえノアってば》

「そう、このイケメン狼たちのことで、テオ大神官に伝えてもらいたいことがあるんだけど――」

「なっ、ちょっと待って!」

「それは待て!」

 二頭の狼が慌てて飛び上がった。


「あら、どうして?」


 ノアはわざとらしくにっこりする。


「テオ大神官に知られたくない理由でも?」


((くそっ、聖女のくせになんて底意地の悪いことを!!))

 白狼と黒狼は歯噛みする。何かもう、逃れられない聖女のペースに巻き込まれている気がする。


「オルビオンに与えられた期限はひと月だったわよね?」

「え、ええ」

「ま、まあな」

「貴方たち、どうせここに残っているなら、ひと月の間あたしと一緒に呪いを解く方法を探すっていうのはどう? そうしてくれたら、貴方たちが帰国したはずなのにここに残っていたってこと、テオ大神官には秘密にするわ」


 ね? と覗きこむ湖水のような双眸に、二頭は同じことを思った。


((悪魔め!!))


 そして。

「わかった、そうしよう」

「ひと月だ。期限はひと月だぞ」

 白狼と黒狼は泣く泣く聖女に頭を垂れたのだった。


《はー、そういうことね。ノアったらやるう》


 エルメスはノアの肩でぶるっと白い羽を震わせた。


「それじゃあ、さっそくなんだけど、あたしのことはノアって呼んでください。オルビオンの中で聖女って呼ばれると、バレたとき大変な騒ぎだから」


 大神殿に追われている身であるし、オルビオンの中でも、辺境ではまだノアの聖女資格剥奪の話は広まっていないだろう。いずれにせよ、聖女ノアだとバレるといろいろな意味で面倒なので、二頭には一応伝えておく。


「それと、アルフレッドとレオナルドって、ちょっと言いにくいから……略してアルとレオでいい?」

 前世でなんでも略すことに慣れているノアは、長い名前や地名は苦手だ。

「よろしくね。アル、レオ」




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